ディアパソン210E-4

 その後、最後のタッチ調整を終えたとのことで、もう何度目かはわかり ませんが工房を訪れました。
 このころには、やはりハンマーがほんの僅かにオーバーサイズ(タッチ との関係から)ということが判明しており、これでダメなら工房のご主 人はハンマーを再び全交換することも辞さないという、驚くべき決意の あることを事前に聞かされており、マロニエ君としても半ば沈痛な気分 で工房に赴きました。
 
 果たしてそこで触れてみたディアパソンは、前回よりも確実にタッチが軽くなっており、かすかな重さは残っているものの、ハンマーの再交換が必要というほど深刻なも状態とは思えませんでした。
 ピアノのオーバーホールが一種のギャンブルであることは、マロニエ君もこの頃にはさらに認識を深めていましたし、これはこれで悪くないと思えるものもありました。
 
 工房のご主人のほうでも、昨日電話したあと(さらに調整を続けられたのだと察せられますが)一晩おいたら、全体にさらに少し軽くなっていたということで、欲を云ってもキリがないし、二ヶ月半にわたって精魂込めて仕上げてくださったご主人をこれ以上困らせるのは本意ではなく、一定の納得が得られたことでもあり、この状態で納品してもらうこ とになりました。
 

 ついに深いマホガニー仕上げのディアパソン210Eは、長きに渡った大修理を終えて、初めてマロニエ君宅に到着しました。我が家はごくゆるやかな坂道の途中に建っているため、一階部分が通常の二階に相当し、クレーンを使って、いったん庭までつり上げられて、そこから人力で家の中へと運ばれます。
 
 ボディはもちろん、こまかな金属部分まで丹念に磨き上げられているおかげで、買ったときのどこか老いさらばえたような気配は微塵もなく、「新品のよう」といえば誇張が過ぎるにしても、とにかくいたるところがあまねく光り輝いており、さらにはディアパソン独特のやや暗いマホガニーが本来の色合いが美しくよみがえり、そのえもいわれぬ上品な佇まいには目を奪われました。
 
 実を云うと、色物(木目)のピアノを初めて買ったマロニエ君ですが、実際に部屋に据えられてみると、なるほどこれまでに味わったことのない魅力があることがわかり、急に黒いピアノがつまらないもののように思えてくるのですから、人間の感覚とは勝手なものです。 とはいえ、最近ときどき目にする、あまりにも派手な色合いの木目ピアノは、商品のインパクトを高めるためか、色調が強烈すぎるようにも感じていましたが、その点でもこのマホガニーは色に節度と気品があって、じつに好ましいものでした。
 
 このピアノは、シリアルナンバーからメーカーに問い合わせたところでは、1970年代の終わり頃に製造されたものでした。当時のディアパソンが他のカワイに比べてとくに上質な素材を使っていたとは思いませんが、少なくとも集成材やMDFなどを現代のピアノのように多用しすぎることはなかった時代のピアノであることが窺われ、例えば大屋根なども現代のピアノのように鏡のようにフラットではなく、あちこちに歪みのようなも のが散見されるなど、正味の木材(質はともかく)を多く使っているということが随所に偲ばれます。
 譜面台上のフタを開け閉めする際にも、蝶番を介してパリパリというような音がして、いかにも古い乾燥した木材という印象で、屋根の重量もとても軽いのが印象的です。価格帯から云っても、特に上質な木材を使ったとは思えませんし、ただ木だというだけで手放しで喜ぶわけにもいきませんが、それでも人工素材まみれのピアノよりは所有することに喜びを感じ、自己満足できる余地があるというものです。
 
 その点では、今どきの量産ピアノは、どこと云わずボディの大半は集成材などの人口素材が大半で、そのため非常に重いのが通例です。この重さの正体は、木の重さより、それをプラスチックのように固めてしまう接着剤などの重みなのだそうで、それらが最新の工作機械によって自在に整形され、いくらでも必要な形状に精度高く削り出されるために、塗装してしまえば完璧に美しいパーツになるようです。
 先日も新品グランドピアノの並ぶ店頭で、大屋根の平滑さを確認すべく、目線を移動させながら光の映り込み具合を確認してみたところ、ぶれや歪みはまったくなく、まさに黒いガラスのように完璧なフラット面だったのは異様なくらいでした。ただの木でこれほどの平滑面が作り出せるとはとても思えず、木の成分も混入していると云うだけの、工業技術が作り出した狂いや誤差などとは無縁の高精度なパーツというべきで、おそらくはプラスティックでそっくりコーティングしたような分厚い塗装も、その無機質な美しさに一役買っているのでしょう。
 
 いくら精度は高くても、そのぶん重量は嵩み、小柄な女性などではフタを開くだけでもかなりの負担になるでしょうし、ましてや大屋根の開閉などは危険と隣り合わせなほど重くなってしまっています。だいいちそんなものばかりの寄せ集めで作られたピアノが、本当に楽器として人に感銘を与えるか…となると甚だ疑問です。
 
 その点では、古いピアノや、ヨーロッパの良心的な造りのピアノは大抵屋根も軽く、ニューヨーク・スタインウェイなどもこの部類に入ると思います。そんな木の軽さがこのディアパソンには残っていて、見た感じも、工業製品然とした精度の高い美しさはありません。だからといって手作りというわけでもなく、これはカワイの工場で作られた量産ピアノであることは間違いないのですが、少なくとも行き過ぎたテクノロジーの波にさらされないで済んだ世代のピアノであることは確かで、いかにも昔の流儀で作られた「楽器」という雰囲気が色濃く残っているのは、マロニエ君としてはとても嬉しいことでした。
 
 ピアノが工芸品的な美しさに溢れるぶんにはどれほど丁寧に作り込まれても、そこには人の手によって作られたものだけに宿る美と贅沢さで人を魅了するものですが、片や工業製品然とした美しさの場合は、ピアノから楽器らしさや使い手のイマジネーションを失わせ、車や電気製品と同様の立派な商品にしか見えません。
 
 そういう意味では、我がディアパソンはお世辞にも作りの美しさを自慢できるようなピアノではなく、それはだいたいこの時代の量産ピアノはこんなものだったのではないかと思いますが、それでもいかにも楽器らしい佇まいを持っているという点では、同時代のカワイにもヤマハにもなかったことだろうといまさらながら自信を深めているところ。その一点だけでもディアパソンは非常に所有する価値のあるピアノで、この価格帯でこの種の満足と愛着を抱けるのは日本では唯一ディアパソンだけだとマロニエ君は思うのです。
 
 話は戻り、このピアノの白鍵は象牙で、実用上は指が滑るので好きではないのですが、ついていたものは仕方がないので、漂白をしてもらいました。それも徹底的にホワイトニングするのではなく、適度に黄味を残した感じに仕上げられたようでした。さらには黒鍵を象牙白鍵に合わせるという意味から、この際と思って黒檀に貼り替えてもらったのですが、この黒檀がいわゆる墨のような真っ黒ではなく、やや色褪せたダークグレーぐらいの感じで、それがいかにも昔からそうだったようにまわりと調和して、なかなか味わい深い雰囲気を醸し出しています。
 さらにはマホガニーの深い色調の木目と相俟って、マロニエ君はこれまでに何台もピアノを買いましたが、視覚的にこんな雰囲気のあるピアノは初めての経験で、これはまったく予想外のことでした。
  また、作業の為に工房にあるときとは異なり、やはり実際に部屋に置いてみると木目のピアノは周囲の景色と色彩的な調和が生まれ、とくにヨーロッパの人達は家庭用ピアノには黒よりも木目を好むというのは実感としてわかるような気がしました。ひとくちに云うなら上品で優しい感じが漂い、これに比べると黒はいかにも無骨で威圧的で表情というものがないことが分かりました。
 

 視覚的には大変結構で満足なのですが、弾いた感じはというと、本来の音色には程遠く、モコモコとした上に鳴りも一向に芳しからざる状況で、これがいつまで続くのだろうかと思うと、ついため息が出てしまう状態でした。
 むろん永久とは思いたくはないし、ともかく一日も早く「弾き込み」を済ませる必要があるようで、工房のご主人も「音大生あたりに毎日弾いてもらうといい」とか「できるだけ弾いて、ピアノをいじめてください!」と言われてしまいました。オーディオでいうところのエージングが必要というわけですが、果たしてそれでどこまで辿り着けるか、…甚だ不安で心もとない気分でした。
 
 一念発起というわけでもないのですが、そうなると、マロニエ君がたかだか短時間、ポロポロ弾いたぐらいではとても埒があかないと思われ、翌日から思い切ってゲンコツで全音域を叩いてみるという荒技に出てみました。ピアノにこんなことをしたのは初めてで、いわば人間打鍵機のつもりなのですが、実際には衝撃が手の骨にまで達して痛いのなんの、とてもじゃありませんがやってられないので、2日目からは軍手をはめてこの作業に挑みました。 それでも多少衝撃が緩和される程度で、基本的には嫌な感じの痛みが骨身にしみることには変わりありません。苦痛だし、疲れるばかりで虚しくもあり、なによりも楽器に対してこういう野蛮な行為そのものがイヤになり、とうとう三日坊主の言葉の通り、三日間続けただけでこれは止めてしまいました。
 
 それからは、下手なベートーヴェンなどをできるだけ強めにしっかり弾いてみることにして、暇さえあれば何でもいいからせっせ弾き込んでみるように心がけていたところ、それから数日が経ったころでしたが、突如ハッと気がついたのは、初期のモコモコ状態を少しだけ抜け出していることでした。予想していたよりも早い時期での変化でした。
 
 いっぽうタッチにはやはり問題が残り、このピアノはシュワンダー式のアクションを持っているため、調整にも機構的な制約があるようで、そのための壁が立ちはだかっていることがやがてわかりました。シュワンダー式の良いところは、タッチのはじめがやわらかく、下に行くにしたがって抵抗が増すという点で、これを弾きにくいとする意見もあるそうですが、マロニエ君はまったくそうは思わず、バランスよく調整さえされていれば、このほうが入力(タッチ)に対して敏感かつ軽快でコントロールがしやすく、個人的には今の主流たるヘルツ式よりもある部分ではよほど弾きやすいと思います。
 これに対して、ヘルツ式のアクションで調整の悪いものにしばしば見受けられるのは、はじめに抵抗があり、その後はストンと落下してしまうという、音色や強弱のコントロールが非常に難しいものです。デリケートなタッチを狙っても反応せずに音が出ず、そこでちょっと力を込めると今度は必要求以上の大きな音が出てしまうという困った弊害もあるように感じます。
 もちろん、いずれの場合も調整やバランスがよくないことには本来の好ましい感触は得られないわけですが。
 
 ちなみにこの両者の違いは、ウイペンに付けられたレペティションレバーを支えるスプリングが、シュワンダーではシングル、ヘルツではダブルというところで、ダブルではキーの戻りなど個別の調整ができるのに対して、シングルでは常に調整は他の要素とのトレード関係にあるということのようですが、なにぶん素人なので間違っていたらすみません。
 
 我がディアパソンに戻ると、若干大きめのハンマーがついているため必然的にダウンウェイトが重く、それを極力解消すべくさまざまな調整や方策が採られたわけですが、なるほどシュワンダー式アクションの特性らしく、はじめは軽いタッチになっているものの、後半のアフタータッチにあたる部分でタッチが急に重くなるという困った動きになってしまっているようです。
 そのため、穏やかな曲をゆったり弾いているぶんにはさして問題はないのですが、少しでも速いパッセージやフォルテが連続する場面になると、いきなり指に少なからぬ負担がかかってくるという困った特性が露わになりました。
 また、そのためにフォルテ以上の音を出そうとすると、タッチの下のところで強めの抵抗が待ち受けているために、最後の一撃というか、打鍵の押し込みが足りなくなり、結果としてパンチの効いた音が出しづらいことも判明しました。
 

 そういう状況の中で、納品から2週間ちょっと経過したところで工房のご主人が調律にみえました。
 さらにこのとき、部屋の状況に合わせて調整が加えられた結果、ひとまずこれで良しとすべき状態になったようにも思いますし、しばらくはこの状態で楽しく付き合っていこうと思います。…というか、そもそもピアノに限りませんが、自分の身の程をわきまえるというのは大切なことで、あまりにもひとつのことに妥協を排して最上を求めすぎると、そのことばかりが目的となり、本来の楽しみが置き去りにされるので、マロニエ君は昔からこの種のことはある程度の納得ができたら、それ以上は追い込まないことに決めています。
 そこには自分の性格も関係しており、ひとたび追求し出すと際限がなくなり病的になってしまう性分なので、過去にもずいぶん自分で自分を傷めつけたと思えるようなことが多々ありました。そんな果てしない苦痛から自分を逃がすための本能的な知恵なのでしょう。
 
 これは一見、妥協のようにも思われがちで、それをまったく否定もしませんが、そもそも最高最良などというものは常に手に入らないところにあるものだという認識ですし、その最後の領域を追求することは、それ以前の全行程よりもずっと大きな苦労と苦痛を伴い、さらには相応のコストをも要するということを経験的に知っているからでしょう。プロの芸術家や何かの研究者ならいざ知らず、ただ好きなことをして楽しく遊びたいアマチュアにはそんなものはまっぴらゴメンとばかりに避けているわけです。
 
 そうは言っても、温湿度管理や細かな調整の依頼など、そのための労は決して惜しまず、自分のできる最大級のことをやっているつもりなので、むろん完璧ではないけれども概ねそれで打ち止めとしています。これ以上エネルギーを使っては本末転倒に陥るだけで、結果は常に不満、いつも楽しめないという悪循環にはまってしまいます。だから適度なところで見切りをつけて、あとは心おきなく楽しむ側にまわりたいというのがマロニエ君流の趣味のスタンスです。
 

 我が家にやってきた当初はモコモコと寝ぼけたような冴えない音のディアパソンでしたが、それがなんと、納品からひと月が経過したいま、まるで別物のように変わりました。まずはじめは工房のご主人が、極めて薄くした安全な硬化剤とやらをちょっとだけ使ってもらいましたが、そこでまず変化が起こり、それをきっかけにしたように音が日に日に変わってきたのです。
 さらにはこのところ、熱心にこれ一台を弾き通してきた甲斐あってか、今では音に色艶が加わり、ズンと重みのある音色が出てきて、これぞディアパソンというピアノになってきました。あとは問題のタッチになにか改善策があればいうことなしで、やはりディアパソンは期待に違わぬ素晴らしいピアノだと再認識しているこの頃です。

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