大城ピアノ工房

 マロニエ君の知る限りでは、福岡には本当にピアノが好きで工房を持ち、自分の信念に基づいて自分自身が納得のいく仕事をやっておられる技術者の類はゼロではないにしろ、かなり珍しい部類だと思っている。 
それだけにこの店の思いがけない発見は実に嬉しいものだった。
 加えるに、それが単なる技術屋さんではなく、販売・保守・修理・リビルドまでを一店で統括的にこなしているという、いわゆるヨーロッパマイスター型のピアノ店という点で、希有な存在といえよう。

 オオシロピアノ工房は福岡市の西隣に位置する糸島半島の中程にあり、いわゆる宣伝活動というものをほとんど行っていない「我が道を行くピアノ工房」である。店舗兼工房は田園の幹線道路からさらに奥まった小さな集落に位置しており、看板らしきものも道路の入り口に申し訳程度のものが小さく出ているだけで、初めて訪れる際は探しあてることすら容易ではない。

 ログハウス風の店内には二台のグランドはじめ、数台のアップライトがあちらこちらに置いてあり、店主の大城氏が快く迎え入れてくださる。
 奨められるままにあれこれ触らせていただくが、何といっても印象深かったのは店においてあるピアノのどれもが、例外なく抜群のコンディションに整えられている点だ。これは一見当たり前のようで、実は容易なことではない。ここでは大城氏の技術およびピアノに対する感性が明瞭かつ端的に具現化されていて、いうならば「ピアノ技術者大城氏のショールーム」というほうが的確かもしれない。
 本当に良いピアノは良い音がするのはもちろんのこと、奏者に優しく何か(それは一台一台異なるが)を語りかけてくるものだ。ピアノは技術者からかけられた手間暇をそっくり飲み込んで養分とし、その成長結果を音楽に反映させる。それが正しく表れたときには弾いている人間にえもいわれぬ柔らか味のある豊かな感覚を与えるのだが、工房のピアノ達はまさにそういう感覚を持っていた。
 置いてあるのは二台の珍しいグランド(後述)と、ヤマハ/カワイを中心としたアップライトだが、とにかく感心させられるのは、どの銘柄のどのピアノも、それぞれの特性を引き出しながらも、最終的にはここの主である大城氏の固有の音とタッチを与えられ、いわばメーカーを超越したところの共通因子を持ったピアノにキッチリと仕上げられていることである。
 これは、とりもなおさす大城氏ご自身が、ピアノに対する明確な理念と絶対基準、ひいては音楽に対する尊敬の念と愛情をもっておられる証拠に他ならない。しかも、それらの技術や手間を何らもったいぶることなく、安く販売される中古ピアノにも惜しみなく投入されているという点、ご自身の仕事に対する基本的な姿勢が伺われて敬服させられる。

 二台の珍しいグランドとは、一台がホリューゲル(国産)で、おそらくは戦前のピアノではないだろうかと思われるが、正確な製造年は不明の由。見た目にはかなりくたびれた感じのピアノだが、キーに触れるやそのデリケートでふくよかな音には驚かされる。なんと弦もオリジナルだそうだが、派手さやパワー感ばかりを売り物にした現代のピアノとは根本にある何かが違い、昔は日本でもこういう品の良い歌心をもったピアノを作っていたのかと驚かされる。
 片や古いヤマハのグランド(私が小さい頃うちにあったのと同世代)があり、これは恐らく40年ぐらい前のピアノのようだが、さる小学校で長年使われ廃棄処分になったのを買い取られたものらしい。これを徹底的にレストアされたらしいが、その出来映えの見事なことにも感心した。たしかに蓋にはYAMAHAと書いてはあるが、もはや別のブランドのような上品なピアノに仕上げてあり、必要な現代性をも併せ持っている。とりわけ「軽快かつしっとり」としたタッチは筆者が完全に参ってしまった部分で、聞けばこれで尚ウィペンはシュワンダーのままだそうで、鉛調整だけであれほど変わるとは!
 他にカワイの大型のアップライトは下手なグランドよりはるかに落ち着きのあるムラのない鳴り方をしていたし、木目で小型のヤマハは、まるでドイツのザウターを彷彿とさせる軽快感と発音の心地よさが印象、古いディアパソンはどこかスラブ的な哀愁を感じさせる響きが印象的だった。

 そして驚くべきは、これらの完全調整済みのピアノがきわめて安価に販売されていることであり、少しでも良質のピアノを購入する向きは、専ら大手メーカーのショールームだけを信頼の尺度とせず、このような良心的な店こそ訪ねてみるべきであろう。こういうピアノを買うかどうかで、弾く人のその後の音楽への深まりや方向性さえも変わり得るわけで、逆の場合、楽器からの悪影響で音楽が嫌いになってしまうこともある。それほど楽器というのは大事なものだし、ましてや成長過程にある子供にはより一層大事なことだ 。

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