稀少木目の怪

 世界屈指の高級ピアノメーカーには、何々記念などと銘打った限定モデルや特別仕様のピアノが折々に少量生産され、うやうやしげに「何台のみ」というようなふれこみで発売されますが、それらのモデルすべてではないものの、中にはちょっと訝しく感じることがあります。
 
 あまり大々的には書かれませんが、何かの折りにわかるところでは、想像をはるかに上回るプライスがつけられていて、ときとしてメーカーの誠実を疑うような印象を持つことがあるのです。
 
 外装のデザインそのものを凝った形状に作り替えるとか、意表を突く斬新なデザインのピアノとかなら、ワンオフもしくはそれに準ずるものとして価格も相当に高額なものになるのはまだわかるような気がしますし、あるいは細かな寄せ木細工とか手間のかかるさまざまな工芸処理がほどこされる場合などは、それなりの価格になるのも無理からぬことだろうと思います。
 ところがピアノ本体はほとんど標準モデルのままで、その外装だけがちょっと珍しい木目になっているだけのものが「限定」の名の下に、俄には信じられないような超高額プライスをひっさげて発売されるのは首を傾げてしまいます。
 
 最近もある有名メーカーからこの種の限定モデルが数種発売された由で、稀少な木目との説明ではあるものの、その値段は、一例を挙げると、ただでさえ高額な黒塗りの標準モデルの、さらに約1.7倍という恐ろしいまでのエクストラプライスで、一体その価格の根拠となるのはなんなのかと思ってしまいます。
 
 おまけに趣味的にもあまりよろしいとは思いませんが、そこはまあ各人の好みや主観の問題ですから、ここでの問題とは切り離すべきでしょう。
 
 仮に黒ポリッシュ仕上げで1000万円のピアノなら、外装がその稀少な木目であるだけで700万円の追加というわけですから、これはただごとではないわけで、なにをもってそんなに高額になるのか野次馬としては知りたくなってしまいます。
 中には基本モデルの2倍以上にもなる木目まであり、いかに数が稀少と云え、ほとんどバブリーなプライスという印象を覚えてしまいます。
 もちろんマロニエ君ごときがとやかくいわずとも、世の中にはそれをポンと買う人がいて、ちゃんと商行為が成立するのだから、よけいなお世話だと云われれば、たしかにそれまでの話ではありますが。
 
 ただ、新品ピアノにはれっきとした定価というものがあり、工業製品という一面をもった商品でもある以上、そういう部分も多少は常識的な、健全性のある価格設定という観点から問われるのもやむを得ないのでは?とも考えるところです。
 
 以前も書いたことがありますが、木目ピアノというのは誤解しておられる方が多いので、再度説明しておきますと、ピアノのボディを構成する木材は、強度や音響特性などさまざまな理由から最適とされるものが各メーカーで厳格に決められており、外観の仕上げが木目になるからといってボディに使う木材を内側から変更するわけではありません。
 
 では表面に見える木目は何かというと、あくまでも塗装前のピアノに貼り付ける、紙のように薄くスライスされた木目の化粧板なのであって、いうなれば、むかし女の子がお菓子などの空き箱に千代紙をきれいに貼って見栄えを良くして遊んだようなものです。
 つまり、いかにそれが銘木、珍木、稀少木材などといってはみても、それは決して無垢の木材ではなく、表面に貼り付けられた包装紙みたいなものであり、悪く云えば「張りぼて」にすぎません。そういう意味では、ホームセンターに売っているカラーボックスに張られた化粧板と同じ見せ方であって、そこがピアノの場合の木目は、楽器を構成する正味の木材をニスごしに見られる弦楽器などとは、意味するところが根本的に違う点だといえるでしょう。
 
 その証拠に、いかなるピアノメーカーも外観の木目の違いによる音の変化についてはひと言も言及しません。もしピアノのボディの木材が違うのであれば、それは音質に直接影響することなので、それによる音質の違いなどを大きくアピールするはずです。
 しかし、楽器としての材質は黒塗りピアノとまったく同じなのですから、音に変化がないのは当然で、そのあたりは常に曖昧にされ、カタログなどを見ても正確な説明は敢えて避けられているように感じます。木目が化粧板であるという事実の告知にはメーカーも販売店も消極的であり、聞かれればウソは言わないでしょうけれども、わざわざ進んで言う必要もないということなのか、購入者が勝手に勘違いしてくれるならそれに越したことはないというところかもしれません。
 
 というわけで、この点を弦楽器などと同じ解釈をすれば大変です。ピアノの木目を楽器そのものを構成する木材が見えていると思い込んでいたとしたら、そこに大金を支払った人にとっては、下手をすればとりかえしのつかない事態になりかねません。
 
 ところが、多くの人がいまだにその事をご存じない場合が多く、かくいうマロニエ君もずいぶん昔は疑いもなしにそんな風に思っていたものです。唯一の例外は、昔のピアノを再塗装するため古い塗装を落としたら、そこに思いがけない木目が出てきたということで、それを生かした仕上げにすることなどは稀にありますが、大半はなんの変哲もないただの朴訥な木目にすぎず、観賞にたえる美しい木目となると、やはりそれに相応しい木目の化粧板が貼り付けられるというのが常道でしょう。
 
 これと同じ手法は、高級車の内装にもしばしば見られることで、ダッシュボードやセンターコンソール、ドアトリムの一部に、さも高級木材を使っているかのような美しい木目が配され、革張りシートなどと相俟って高級感を演出しています。
 車の場合もウォールナット、マホガニー、バーズアイ、メープルなどさまざまな木目が車内の要所々々を彩り、乗る人の目や気分を楽しませているわけです。ちなみに車の場合は安全上の理由から整形されたアルミ板などにこの極薄のスライス木材が貼り込まれる場合が多いようです。
 車に較べれば、ピアノの場合は使う面積こそ違いますが、だとしても所詮は表面の貼り付けにすぎない木目仕様がここまで高額になるのかがどうもわかりません。
 
 いくら稀少木材などと云ってみても、仮に厚さ1cmの板から何十枚の化粧板が取れることを考えると、その付加価値の付け方が、いささかやりすぎでは?という気がします。もちろん天然のものなので、模様の出具合によって使えない部分もあるでしょうし、模様合わせなどに手がかかるというようなことはあるとしてもです。
 
 多くの方々は意外に思われるかもしれませんが、ヤマハは楽器製作のほかにもさまざまな品目の製造や開発の多部門を有する複合企業で、その中には楽器造りから得たノウハウを活かした別のビジネスも盛んにやっています。今もあるかどうかは知りませんが、以前はヤマハ家具というのがあって、家具の高級路線をねらった商品でした(家具屋からピアノメーカーになったファツィオリとは逆の流れですね)。
 この本題である木目加工品でいうと、ヤマハの天竜工場では、現在只今もレクサスなど自動車の内装に使う木目パーツの製造を請け負って大きなビジネスを営んでいる会社でもあるのです。これなどは元を辿ればピアノの木目仕様の製造経験を買われて発展独立したものであることは明らかです。
 
 その工場内にはあらゆる種類の天然の大木が所狭しと運び込まれ、どれも木目加工の素材として使われるようです。それらは「紙のように薄くスライス」され、高度な技術によってさまざまな土台に貼り付けられるにもかかわらず、最終的には、見た目に「分厚くて立派で温かみのあるウッドパーツ」へと変貌していくのだそうで、その魔法のような技術には少なからぬ感動さえ覚えるほどだそうです。
 表面に貼る木目として使用するために、それらの木材は驚くなかれ僅か0.2mmにスライスされるのだそうで、これは握りつぶせば手の中で粉になるほど薄いものだとか。単純計算でも厚さ1cmから50枚、10cmなら実に500枚もの木目の突板(化粧板)が採れると云うわけです。一般的なコピー用紙のひと包みが500枚で、その厚さを測ったら5cm弱ですから、10cmで500枚ということは、ちょうどコピー用紙2枚ぶんの厚さというところでしょう。
 これが見るもありがたい木目の正味の厚さであり実体なのです。
 
 かくのごとく薄くスライスし着色された木目を、車のパーツなりピアノなりに貼り付け、さらにその上から通常の黒塗りの塗装よりも分厚いという透明のクリアー樹脂を吹き付けていくらしいのですが、これにより木目はまるで琥珀のような質感と奥行感が出てくるというのですから驚きです。そして、それを丁寧に磨き上げるといよいよ透明感や深みが増し、土台を含む全体がいかにも「高級な厚みのある美しい木材そのもの」であるかのように見事に仕上がるのだとか。
 
 アルミ成形の土台に貼った車の内装パーツでさえそうであるのに、ピアノの場合はボディそのものがもともと木工品なので、まさかそれが張りぼてだなんて思わないのも致し方のないことです。ここまで人の目を欺くといえば言葉は悪いかもしれませんが、そんな知識のない人には、これはほとんどトリックに等しいと感じるのではないかと思います。
 
 それを高等技術いえばたしかにそうでしょうし、それだけ手間がかかるといえばそうでしょうけど、純粋に手間ということで考えれば、車のインテリアに使うパーツは種類も多く、形状も平坦なピアノとは比較にならないほど複雑ですが、現にヤマハではそれらを量産できているわけで、所詮はそれが可能な程度の手間にすぎないと思われます。
 
 ヤマハやカワイの標準的なサイズのグランドピアノでウォールナットやマホガニーの木目仕様を注文すると、その追加プライスは30万から40万ほどで、当然そこから利益が出ている筈ですから、手間賃といってもおおよその察しがつくわけで、いくら稀少木材/希少価値と いう付加価値とはいえ、そこには自ずと限度というものがあるような気がします。
 
 さらに注目すべきは、スタインウェイの廉価ブランドであるエセックスは中国生産であるものの、奥行き155cmのグランドでいうと、黒の艶出し仕上げが132万円であるのに対し、木目仕様はサペリ・マホガニーの艶出しで143万円、カワジンガ・ブビンガの艶出しで146万円と、それぞれ10万円強の差でしかありませんが、実物はとてもそれっぽっちの価格差とはおもえないほどきれいで立派な仕上がりだったことが印象的でした。
 また国内メーカーでも、なぜか昔からアップライトのほうがグランドよりも木目仕様が多くありますが、それらも基本的な工法は同じでないはずがありません。
 要するに、通常、黒や白の塗装をして上からクリアーを重ねて磨き上げるところを、色塗装ではなく化粧板を貼り付けた上にクリアーを厚く噴くという、料理でいう「ひと手間」かける程度だろうとマロニエ君は思ってしまうわけです。
 
 冒頭のような超高級限定ピアノの購入者は、相当にリッチな方には違いありませんから、こういう話そのものが野暮だと云えばあるいはそうなのかもしれません。が、しかし、リッチな方が何事にも寛大でおおらかかといえば大間違いで、そういう方ほど金銭やモノの価値にはよほどシビアというのも世の常ですから、さてどんな風に感じられるのだろうとつい思ってしまいます。
 マロニエ君の私見ですが、贅沢あるいは贅沢品というものは、ただ稀少で値段が高いことではなく、そこに客観性のある根拠があって説得力のあるものでなくては本当の贅沢とはいえない気がします。現代はどうも贅沢とか付加価値に対する概念そのものが低下しているような気がしてなりません。
 
 世界に何台などという希少性に価値を求めるにしても、果たして自分が購入しようとしている(あるいは購入した)ピアノの稀少木目なるものの実体が、実は画用紙よりも薄いペラペラの、いうなれば広いかつおぶしみたいなものを貼った表面処理にすぎないことを知ったなら、それでも購入の意志は揺らがないのか、あるいは特別なものを手に入れたという満足がまったくぶれずに持続していけるものなのか…マロニエ君にはわかりません。
 
 べつに貼りものが悪いといっているのではなく、ヨーロッパでは昔からいろんな装身具や家具などに皮を貼ったり、日本でも漆器や屏風などに金箔を張るなどの伝統工芸はあるわけですが、少なくとも購入者や所有者はそれが貼りものであることを重々認識した上でのことであり、そこが、ピアノに木目を貼り付けるという事とは、微妙にニュアンスが違うような気がするわけです。ピアノはもともとが木でできているが故に、なおさらその説明が不十分であれば大きな誤解を生み出すような危惧を覚えるのです。
 
 モデルによっても違いますが、標準の黒艶出し仕上げとの価格差は約560万円~1100万円という強烈なもので、これだけの価格差があるからには、ピアノの構造を知らない人は、まさか貼りものなどとは思わず、ピアノそのものが希少材で出来ていると思っても無理からぬことだと思うのです。
 
 いっそこれが純粋な美術品とか骨董品、あるいは新品が手に入らないヴィンテージフェラーリやオールドヴァイオリン、さらにはマイケル・ジャクソンやダイアナ妃が着た衣装などであれば、それはもうどんな途方もない値段がつけられようとも別世界の話ということで、端からその価格の根拠を問いただそうなどとは思いません。
 しかし、れっきとしたメーカーが販売する新品ピアノで、違うのは表面の木目だけというところが、その実質を問われかねない中途半端で不健全な立ち位置になり、なにやらひっかかるような気がしてしまうのでしょう。
 
 もちろんマロニエ君は欲しいとも思いませんし、その経済力もない、これはしがない野次馬の感想にすぎませんが。

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