美音の架け橋

 山口県のスタインウェイ特約店の社長にして調律師の松永正行氏が、文芸社から著書を出されることになり、すでに全国書店ならびにネットなどで発売されている。
 これは松永氏が数年間をかけて綴った渾身の作であり、マロニエ君も折りある事に何度か一部を読み聞かせられ、あるいは感想などを求められた経緯があるから、それがこうして一冊の本として結実し、出版・発売の運びとなったことはそれなりの感慨がある。
 
 『美音の架け橋』というタイトルのその本には、「スタインウェイアカデミー物語」という副題も付いている通り、氏が東京のスタインウェイ・ジャパンに於いて行われたスタインウェイアカデミー技術認定資格試験に参加し、奮闘の末にこれに合格するまでの、技術者としての体験記録であり、折々の心理などまでもをリアルに綴った、実に2週間にわたるピアノ技術者のドキュメントである。
 
 松永氏は若い時分にはアトラスピアノやかの杵渕ピアノなどで修行を重ね、その後、故郷の山口県で戻ってピアノ店を開業し、現在ではスタインウェイの特約店となっているが、いわゆるただの特約店とかただのコンサートチューナーという枠にも収まらない音の挑戦者である。独自の音の美学を追い求めて突き進む氏の仕事は多くのコンサートの他、CDなどでもその音色に接する事が可能である。
 通常の店舗等で入手が可能なCDとしては、ピアニスト杉谷昭子女史のリリースするベートーヴェンのピアノソナタ全集他があるし、松永ピアノのホームページでは、氏の所有によるスタインウェイによる、ロシアの俊英パーヴェル・ネルセシアンのコンサートのライヴ録音も既に相当数が発売されており、こちらも容易に購入もできるので、手軽にその音を聞くことも可能である。
 
 氏はありきたりの、ただ決められた割り振りの調律では満足しない、独自のピアノの美の世界を持つ人である。
 そのためにはコストや労苦を厭わず、あるいは業界のなんらかの勢力にも屈することなく、己の理想を追い求め、絶えずコンサートやCDという実践においてその結果を世に問うという異色の調律家といえる。
 
 松永氏には音に対する確固とした美学と哲学があり、氏の手がけたピアノというのは、独特の響きと律動をもった特別なピアノであるといっても差し支えないだろう。
 松永氏の調律を言葉に表すのは非常に難しいことであるし、そもそもマロニエ君がそれを表現するに値するほど理解しているとも言いかねる故に、その困難はなおさらである。
 すくなくとも既存のありふれた調律には決して満足せず、常に自分の求めるものを探っている技術者としての姿勢には、出来上がった技術の繰り返しに安穏とする並み居る技術者とは一線を画する人で、音の求道者であることは間違いない。
 
 ピアニストをはじめ、あちこちのホール、さらには普通の家庭のピアノまで、彼の作り出す音に惚れ込んだお客さんというのも全国に散らばり、一調律師とは思えぬ、まるで演奏家のようなその活躍ぶりには驚かされるばかりで、今日は大阪、明日は東京と彼が山口の店にいることはあまりないようである。
 
 この松永氏独特の音に対する美学とこだわりは、なによりも実際のコンサートでこそ多くの人が聴くことが出来るよう、氏はあらゆる手を惜しまずに尽くしている。
 
 ご承知の方も多いとは思うが、各ホールに例外なくピアノの保守管理を託された専任の調律師というのが決まっていて、それ以外の人が調整目的にホールのピアノに触れることは認められていない。仮にピアニストの要望があったにしても、その場合は、ホールの専任調律師が傍らで見守る中、調律などわずかな調整のみが許されるという程度で、これはだいたい全国どこでも似たようなルールである。
 このルールの前では、どんなに優れた調律師であろうとも例外とはならない。
 
 いささか杓子定規という気もしないではないが、技術者にもテリトリーというものがあるだろうし、ひとくちにピアノ調律師といっても様々だから、中にはあまり腕の良くない人や、独善的であったり、ピアニストの求めに応じて特種な調整などを施してしまうという危険があるらしい。したがって、このような一見厳しいルールは、実際にそのような問題が起こった中から生み出された保護策ともいえるのだろう。
 ホールのピアノは公共性を持つものだから、あくまでもスタンダードな状態を維持することが求められるのはいうまでもない。よって、あまり特種な調整などをやってもらっては困るというのも頷けるし、中には整音などは元に戻せない事態が起こることもあり、基本的な決まり事として、ある一定の規制がかけられることは、ピアノがホールの所有物である限りやむを得ないだろう。
 
 では、ホール専任の技術者なら絶対間違いないのかといえば、むろんそんな筈もなく、肩書きはホールのピアノの保守管理担当でも、そこには当然ながら技術的な優劣が存在することも厳然たる事実で、外部の技術者からみてあるホールのピアノの状態は「???」と思うようなことも珍しいことではないらしい。
 
 専任の調律師の技術的優劣はさておくにしても、決められた技術者以外の人が手を出すことができないのがホールのピアノのルールであるし、稼働率の高いホールなどでは専任調律師は複数になっているが、彼ら以外は調整などできないことには変わりない。
 
 もちろん、このような規制はあくまでもホール所有のピアノに対するものであって、外部から別のピアノを持ち込む場合は、これらの規制が適用されることは一切なくなるわけで、それは当然だろう。
 
 このような状況の中にあるわけだから、松永氏にしてみれば、全国どこにでもあるホール備え付けのスタインウェイでは自分の理想とする音や響きを求めることは到底できことではないし、それを望むピアニストらの要求にも応えることができないことを悟り、自前で新品のスタインウェイのD型(コンサートグランド)を準備し、さらにこれを数年ごとに買い換えることで、常に出動体制を整えるということまでやっているのだから、氏の音に対するこだわりの強さがこれだけ見てもわかるというものだろう。
 自己所有のピアノであれば、どのような調整をして、どのような音造りをしようとも、ホールの管理者からも文句の出るところではない。氏はこのピアノを携えて、全国あちこちのホールを飛び回り、自分の理想とする音のコンサートを開催している。欧米のようにピアノの貸し出し業の少ない我が国にあっては、氏のスタインウェイはかなりの旅する距離が嵩んだ1台という事になるだろう。
 
 こういうやり方は日本ではあまり一般的ではないが、ヨーロッパではミケランジェリやポリーニの御用達であるイタリアのファブリーニなどはこのスタイルを採ることで有名で、ポリーニは来日公演の度にこのファブリーニのスタインウェイを空輸してくるほどだ。その挙げ句にホールのピアノと比べて、ホールのスタインウェイを弾く場合もあるというのだから呆れるが、楽器へのこだわりとはおよそそういう不合理なものだろう。
 
 松永氏に戻ると、氏はピアニストの要求、あるいは会場毎に変化する異なる響きの環境に対応するため、ノーマルのアクションと別に、もう一台、まったく異なる整音を施した第2のアクションを準備していて、これらを随時入れ換えることで更に幅広い要求に応えようとしているわけである。
 ノーマルアクションのふくよかで落ち着きのあるスタインウェイの音色に対して、もう1台のアクションはよりブリリアントかつ色彩的な音造りがなされている。
 そしてこの第2のアクションこそ、松永氏の理想の音を結実させるための、いわば松永アクションというわけだろう。
 
 松永氏の理想とするピアノの音は、音そのものが美しいことは当然としても、それが主にコンサートにおいて音が遠くまで飛ばなくてはいけないという理念があるらしい。そしてこれは、主には整音と調律の二つによって達成されているようだが、これらはピアニストやホール環境によっても左右されるので、それらの要素が常に理想の結果を生み出さないこともあるようで、このあたりがピアノ技術者の仕事の難しさでもある。
 
 マロニエ君のまったく個人的な印象で言うと、コンサートで聴く松永氏の音は普通のスタインウェイにもまして音が立体的で、よく通る。極端にいうなら、ピアノ本体より少し上の方で音が出ているような印象さえある。
 そのためか、近くで聴くと松永氏のピアノはそれほどの甘さややわらかさはあまりなく、どちらかというと筋肉質のしなやかな音だといえるかもしれない。
 大別すれば固い音の部類に属するだろうが、だからといって決してキンキラした音ではなく、非常に抑制の利いた美しい茶室のような隅々まで見極められた隙のない美音であるといいたい。
 
 氏曰く、コンサートで聴衆が真の感動を覚えるには、演奏が素晴らしいことは当然だとしても、その素晴らしい演奏を支えるピアノもそれに値するものでなくてはならない。そのためにはまずホールの隅々にまで美しいピアノの音が満遍なく鳴り響くこと、それによって聴衆の耳は美音によって満たされなければならないといういうものらしい。
 この点ではスタインウェイは生まれながらに、「スタインウェイの遠鳴り」といわれるように、音が遠くまで力強く鳴るという、他のピアノとは決定的に異なる最大の特徴を持っているわけだが、松永氏はそれを自分の技術によってさらに何層にも高めようということなのかもしれない。
 
 
 前置きが長くなったが、この『美音の架け橋』は一読しただけなので、もう少し時間をおいて再読するつもりにはしているが、大まかな印象としてはスタインウェイアカデミー技術認定資格試験に参加すべく、飛行機で東京に向かう場面からはじまり、これから始まる二週間の実地試験の様子を中心としながら、折々に様々な話へと展開するものだ。
 ちなみに文中に出てくる中心的人物の試験官ヤング氏とは仮名で、現在のスタインウェイを代表する最も有名な、いわば看板調律家である。ショパンコンクールなども大事な局面では彼が登場するようだし、内田光子などの世界的なピアニストの信任も厚い人物なので、その名をご存じの方も多いこととは思うが、ここでは故あって仮名になっているらしいから、わざわざマロニエ君が実名をバラす必要もないと思われるので、この場では敢えて書かないでおく。
 
 わずか3名という精鋭の受験者には、それぞれ一台ずつコンサートグランドを与えられ、次々に課せられる課題を実際のピアノを使いながら、実践訓練を受けるわけである。しかも全員が若い修行の身ではなく、すでに一人前のピアノ技術者としてプロの道を歩いている面々だから、皆一様に技術者としての矜持もあるわけで、それだけに緊張の高まりがある。ヤング氏とのやり取りや唐突な問い、そのひとつひとつが克明に描写されていて、思わず固唾を呑むような瞬間さえあるのだから、読者も間接参加している気にさせられる。
 
 松永氏はこの本の購読層を、ピアノの専門家に留めず、誰が読んでもおもしろいものにしたいという意向をお持ちのようだったが、通読してみての感想としては、そこにだけは疑問が残らないでもない。マロニエ君ぐらいピアノが好きな人間であれば、ピアノの技術者に対する関心も高いからとても面白く読むことはできたし、業界の人や技術者ならばそれはさらに興味は倍加するだろうと思われるが、ピアノにさほど関心のない人が普通に読んで面白いかどうかとなると、それはどうだろう…。
 この点に深く留意して書かれていることはわかるのだけれども、なにぶんにも内容がピアノという楽器の、さらにその内部機構という甚だしく専門的な領域に分け入っていくために、アクションのこまかいパーツの名前ひとつからしてわからないだろうし、それがどのような働きをするかなど、俄に図を見てもわかるはずはなく、それを理解するだけでも普通は難渋するに違いない。
 この本の大半は、その特殊分野が主軸となっていることで、この本の本来のおもしろさを専門性がかなり差っ引いてしまっているようにも思われる。しかし、折々に脱線しながら、あちこちに向かっていく話の枝々は実に興味深い面白い話であることも事実で、そういう部分を読むだけでもこの本を手にする価値があるとも言えるだろう。
 また、技術的なことはさておいても、純粋にプロの世界の人間ドラマを覗き見るという意味でなら面白いだろうとは思うが、やはり基本的には専門家を楽しませる作品だというのがマロニエ君の結論だ。
 
 尤も、一般ウケばかりを狙う底の浅いものよりは、一部の人向きではあっても物事の奥深くに案内される内容であるほうがよほど面白いというものだし、こういう本が出版されたことは、何事にも最大公約数的な価値を求める現代の風潮の中にあっては、たいへん画期的なことだと思われる。
 
 本の内容にいちいち触れることは敢えて避けたいと思うので、ご興味のある方はぜひお読みいただきたいものである。
 
 タイトル:『美音の架け橋』 単行本319頁
 著者:松永正行
 発行所:株式会社 文芸社
 定価:1600円

投稿日:

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です