フジコ・ヘミングはどうして?

 たけしのTV番組「誰でもピカソ」にフジコ・ヘミングが二度めの出演をしているのを見た。
 マロニエ君には2つの質問がある。

1つめ。
 フジコ女史が動物好きなのは有名で、私も同類の端くれなのでこの点は親近感を覚えるところだし、そういう側面に焦点を合わせた番組作りをするのは、まあわかる。とりわけああいうくだけた番組なのだから、フジコ・ヘミングだからといって、例の彼女の生い立ちやピアノ演奏ば かりを話題の中心にする必要もいまさらないだろう。
 ただ、現実には前回同様、この日も彼女ご指名のピアノがスタジオにわざわざ持ち込まれていて、番組冒頭にはフジコ女史がピアノに向かって例の黙々とした調子で一心にピアノを弾いている映像が「リハーサルシーン」として流れた。誰だっていきなりこういう場面を見せられれば、番組中に彼女の演奏がいくらかはあるんだろうと思うのがふつうである。
 果たして、本編では優秀なお猿さんと調教師のペアが絶妙な特技を披露したり、女史がお雑煮を食べるシーンなどが延々と続くばかりで、一向にピアノの出番はない。最後の最後になって、ようやく「お待たせしました」「では!」とばかりにリストのハンガリー狂詩曲が始まった。 
 フー、やっと始まった!
 すると触りだけでいきなりCMがカットインし、またお預け。ま、ここまでは民放の常套手段なので仕方ないにしても、CM終了後、いよいよにして再び始まったのは、なんと、このわずか数分間の曲があちこちカットされているもので、これにはさすがに落胆させられた。
 雑談や冗談もいいが、視聴者やフジコ女史のピアノを愛する多くのファンに対して、せめて小品でもいいから1曲だけはキチンと放送して欲しかったと思う。

2つめ。
 これはマロニエ君のまったく個人的な、純粋な疑問であることをいまさらのようにお断りしておくが、テレビスタジオに持ち込まれたピアノは2度とも○ヒシュ○インのD280(コンサートグランド)である。TVのみならずコンサートでも○ヒシュ○インをときどきご所望だとも聞いている。
 もちろん○ヒシュ○インは世界に冠たるドイツの名器であるし、女史が過酷な運命のなか半生を過ごされたのもそのドイツ、さらに現在はご自身でも同社のアップライトをお使いだそうだし、いわゆる状況証拠からすればそういう選択も不思議はないように見える。
 しかし、マロニエ君にはどうしてもあの新しい○ヒシュ○インの音はフジコ・ヘミングに向いた音とは思えない。もちろん一般論として○ヒシュ○インが素晴らしいピアノであることは間違いなかろう。しかししかし、どう聴いてもミスマッチに思われてしようがないし、一度自分で触れてみたときにも、個人的にはわからない面の多い難解なピアノだった。○ヒシュ○インのアップライトはこれとはまったく違う個性というか、こういう素晴らしいアップライトもあるのかと思うような名器なのでこちらは大いに理解できるのだが、D280のどういうところが気に入っているのか…不思議でしょうがない。
 できれば、3度目の「誰でもピカソ=フジコ」があるときは、ピアノという楽器について女史の所感を例の本音で奔放に語ってほしいものである 。

大城ピアノ工房

 マロニエ君の知る限りでは、福岡には本当にピアノが好きで工房を持ち、自分の信念に基づいて自分自身が納得のいく仕事をやっておられる技術者の類はゼロではないにしろ、かなり珍しい部類だと思っている。 
それだけにこの店の思いがけない発見は実に嬉しいものだった。
 加えるに、それが単なる技術屋さんではなく、販売・保守・修理・リビルドまでを一店で統括的にこなしているという、いわゆるヨーロッパマイスター型のピアノ店という点で、希有な存在といえよう。

 オオシロピアノ工房は福岡市の西隣に位置する糸島半島の中程にあり、いわゆる宣伝活動というものをほとんど行っていない「我が道を行くピアノ工房」である。店舗兼工房は田園の幹線道路からさらに奥まった小さな集落に位置しており、看板らしきものも道路の入り口に申し訳程度のものが小さく出ているだけで、初めて訪れる際は探しあてることすら容易ではない。

 ログハウス風の店内には二台のグランドはじめ、数台のアップライトがあちらこちらに置いてあり、店主の大城氏が快く迎え入れてくださる。
 奨められるままにあれこれ触らせていただくが、何といっても印象深かったのは店においてあるピアノのどれもが、例外なく抜群のコンディションに整えられている点だ。これは一見当たり前のようで、実は容易なことではない。ここでは大城氏の技術およびピアノに対する感性が明瞭かつ端的に具現化されていて、いうならば「ピアノ技術者大城氏のショールーム」というほうが的確かもしれない。
 本当に良いピアノは良い音がするのはもちろんのこと、奏者に優しく何か(それは一台一台異なるが)を語りかけてくるものだ。ピアノは技術者からかけられた手間暇をそっくり飲み込んで養分とし、その成長結果を音楽に反映させる。それが正しく表れたときには弾いている人間にえもいわれぬ柔らか味のある豊かな感覚を与えるのだが、工房のピアノ達はまさにそういう感覚を持っていた。
 置いてあるのは二台の珍しいグランド(後述)と、ヤマハ/カワイを中心としたアップライトだが、とにかく感心させられるのは、どの銘柄のどのピアノも、それぞれの特性を引き出しながらも、最終的にはここの主である大城氏の固有の音とタッチを与えられ、いわばメーカーを超越したところの共通因子を持ったピアノにキッチリと仕上げられていることである。
 これは、とりもなおさす大城氏ご自身が、ピアノに対する明確な理念と絶対基準、ひいては音楽に対する尊敬の念と愛情をもっておられる証拠に他ならない。しかも、それらの技術や手間を何らもったいぶることなく、安く販売される中古ピアノにも惜しみなく投入されているという点、ご自身の仕事に対する基本的な姿勢が伺われて敬服させられる。

 二台の珍しいグランドとは、一台がホリューゲル(国産)で、おそらくは戦前のピアノではないだろうかと思われるが、正確な製造年は不明の由。見た目にはかなりくたびれた感じのピアノだが、キーに触れるやそのデリケートでふくよかな音には驚かされる。なんと弦もオリジナルだそうだが、派手さやパワー感ばかりを売り物にした現代のピアノとは根本にある何かが違い、昔は日本でもこういう品の良い歌心をもったピアノを作っていたのかと驚かされる。
 片や古いヤマハのグランド(私が小さい頃うちにあったのと同世代)があり、これは恐らく40年ぐらい前のピアノのようだが、さる小学校で長年使われ廃棄処分になったのを買い取られたものらしい。これを徹底的にレストアされたらしいが、その出来映えの見事なことにも感心した。たしかに蓋にはYAMAHAと書いてはあるが、もはや別のブランドのような上品なピアノに仕上げてあり、必要な現代性をも併せ持っている。とりわけ「軽快かつしっとり」としたタッチは筆者が完全に参ってしまった部分で、聞けばこれで尚ウィペンはシュワンダーのままだそうで、鉛調整だけであれほど変わるとは!
 他にカワイの大型のアップライトは下手なグランドよりはるかに落ち着きのあるムラのない鳴り方をしていたし、木目で小型のヤマハは、まるでドイツのザウターを彷彿とさせる軽快感と発音の心地よさが印象、古いディアパソンはどこかスラブ的な哀愁を感じさせる響きが印象的だった。

 そして驚くべきは、これらの完全調整済みのピアノがきわめて安価に販売されていることであり、少しでも良質のピアノを購入する向きは、専ら大手メーカーのショールームだけを信頼の尺度とせず、このような良心的な店こそ訪ねてみるべきであろう。こういうピアノを買うかどうかで、弾く人のその後の音楽への深まりや方向性さえも変わり得るわけで、逆の場合、楽器からの悪影響で音楽が嫌いになってしまうこともある。それほど楽器というのは大事なものだし、ましてや成長過程にある子供にはより一層大事なことだ 。

フレディ・ケンプピアノリサイタル

 若手ピアニストのホープの一人であるフレディ・ケンプのリサイタルに出かけてみた。が、マロニエ君には少々納得しかねる演奏会だった。
 曲目は前半がJ.Sバッハのパルティータの第6番、後半がシューベルト=リストの魔王とアヴェマリアのトランスクリプション、最後がさすらい人幻想曲。

 バッハはいかにも若い彼らしい溌剌としたもので、それなりの爽快感は楽しめたが、できればもう少し構築性や精神的な厚みのようなものが出てくれば良いと思う。バッハと言えば、全ての作品の根底にキリスト教の宗教的色合いがあるというのが一般的だと私は思っているが、この日のバッハにはそういう音楽的ルーツや宿命感の類いを感じさせない、どちらかというとあっけらかんとしたものが主体だったように思う。それにしてもバッハのパルティータ1曲だけで前半は終わりというのも、なんだか少しあっさりし過ぎていると思うのは私だけだろうか?

 後半は大小三曲すべてに共通した印象だが、あまりにもピアニスティックな面を強調し過ぎるために作品の輪郭が崩れ、各フレーズの対比や陰影、ポリフォニックな要素などがほとんど表現されない。並外れた強靭な技巧はたしかにあるのだろうが、なぜそれほどまでに荒っぽく猛烈なスピードで曲を強引に押し進めたいのかが全く分からないし、だから当然の如くところどころで破たんが起こる。まるで「スピードを出し過ぎてあちこちで接触事故を起こして走り回るドライバー」といった印象だった。どれも良く知る作品なのに曲の印象がまるで残らない演奏だったとしか私には思えない。ピアニストが使ったであろう猛烈な運動エネルギーにもかかわらず、会場はさほど盛り上がらなかった。
 これを若さ故と結論付けるのは容易いが、私は芸術家における若さとは本来もっと違う意味合いを持つことのような気がする。

 ただし、CDなどでは好評を得ているものもあるらしいし、個人的にはこのコンサート1回をもって彼の評価を決定する気はないので、ともかく今後に期待したいピアニストである。

 それから、この日のピアノは日本の大手のピアノが使われたが、こちらにもいささか失望した。
 まず、コンサートグランドのあの大きな図体は何のため?と言いたくなるほど鳴りが悪い(少なくとも私は悪く感じた)。むろんピアノの音は、演奏者、ホール、座席の位置など様々な要素で容易に変化することは承知しているが、それにしたってもこんなものだろうか? あるいは演奏者の周辺ではそれなりに鳴っているのかもしれないが、少なくともそれが客席(といっても私の席は中央の前から10列目ぐらいだったが)に届かないのである。アンコールの超絶技巧練習曲など、フレディ・ケンプ氏が渾身の力を込めて挑みかかり、ピアノの大屋根が小刻みに揺れるような強烈な連打でさえ、一向に鳴ってこないという点では、まさにのれんに腕押しといった感じだった。もちろん楽器たるもの、力でねじ伏せればいいものではないけれど。

 この日のコンサートはこのメーカーの主催でもあったわけだから、ピアノの準備には万全を期したはずで、調整がおろそかだったとはとても考えにくい。この点は、以前も別のホール(ピアノのソロコンサートとしては定評のあるホール)でやはり同様の印象があったので、これはひょっとするとこのメーカーのピアノの共通した特性なのかもしれない。だとしたらより多くのピアニスト(そして聴衆!)からの信任を得るためにも、この点はピアノファンとして一刻も早い改善を望みたいところである。

 中にはもっとも良く鳴る個体もきっとあるのだろうが、だとしてももっと平均点を上げてほしい。いずれにしろ自国のピアノであるだけに日本人として個人的な心情からしても、もっと上を目指して頑張ってほしい気がした。
 この日のピアニスト、ピアノのいずれも潜在的には大変な能力を持っている世界的レベルの逸物であることは間違いないだろうから、進むべ き道を誤らずに正常な進化を遂げてほしいところである 。

大分飯田高原ビッグシーダ

 10月最後の週の日曜日、所属する車のクラブミーティングで大分県の九重町に行った折、思いがけない拾い物があった。
 食事が済んだ後、そこからドライブを兼ねて車で10分ほどのところに移動し、お茶を飲みながら談笑することになった。この日の幹事さんから地図を渡され赴いた先は、九重町飯田高原にある「ビッグ・シーダ」という洋風レストランだった。
 私はこのビッグ・シーダという名前を聞いて驚きを隠せなかったのだが、実はここにはかねがね一度行ってみたいと思っていたので、ともかくこの偶然を喜んだのである。

 ビッグ・シーダに到着すると、洋風の建物が大きく二つ離れて建っており、ひとつはレストランの棟、もうひとつが「インペリアルボードルーム」という名の、私の興味をそそるほうらしい。ここは小さいながらもコンサートがメイン目的の洋風建築で、中には4台もの珍しいピアノをはじめ大きなアンティークオルゴールなどが展示されている。
 館内に入ると年配の男性が近付いてきて、ただちに説明をはじめてくれた。

 まずはじめにエントランスルーム、続いてその奥に大きな部屋が広がっていて、見るなりここがメインのホールであることがわかる。大仰な装飾の付いた椅子がぎっしりと並び、正面には小さな舞台らしきものが備わっている。舞台上にあるピアノがスタインウェイの 通称「ティファニーグランド」と呼ばれるスタインウェイグランド・スケッチ390の復刻モデルで、1997年、スタインウェイ・アンド・サンの創設者H.E.スタインウェイの生誕200年を記念して200台限定されたピアノ(B型とL型がある)だが、案内の方の話ではB型は日本にこの一台しか存在しないのだそうだ。
 色はマホガニー、随所に細かな装飾が施され、ディテールの意匠はレギュラーモデルとはずいぶん異なるものに仕上がっている。中を覘くとフレームまで戦前型の特徴である丸いイボイボの半円上の突起があるものに精巧に模しており、かなり手のかかったモデルであることは容易に見てとれる。
 ちょっと音を出してみるが、このピアノの音というより、この部屋の音響じたいが思いのほか良いようで、ふわっとあたりに心地よくのびのびと響き渡って行くのに感銘した。ピアノの音自体は悪くはないが、少なくともこのときは調整がさほどでもないという印象を受けた。いうまでもなくクラシックなのは見た目だけで中身は現代のスタインウェイだから、その点ではごく「標準的なスタインウェイピアノ」であるといって差し支えない。
 ちなみにこのモデルはニューヨーク製である。

 この大部屋の両サイドにアンティークオルゴールや、これまでアンティークの自動演奏のアップライトピアノなどが展示されており、案内の方がそれぞれ手際良く作動させて試聴させてくれる。

 さて、ここ以外にも小さな部屋がいくつかあり、そちらにも珍品が隠されているのには驚いた。
 まずスタインウェイベースの戦前の自動ピアノで、旧い6本足のグランドピアノの前には、鍵盤付近に自動演奏のための複雑な装置が覆い被さるように組み込まれている。現在は自動演奏機能が万全でないらしく、その「腕前」のほどは確認できなかった。
 さらに別の部屋には19世紀の英国ブロードウッド製の大型のスクエアピアノが、これまた徹して英国風にあつらえられた室内の中央に泰然と置かれている。なんでもブラームス自身が実際に使っていたものと同型のもので、さらに当時の博覧会に出品された楽器そのものである可能性があるらしく、さすがに「お手を触れないで…」の文字があったが、音が聴きたいといったら快く触らせてもらえた。大きくいかつい外観に似合わず、とても繊細なたおやかな音がするのが意外だった。これは当時のサロン中心のコンサート環境を考えてみれば容易に納得できることで、昔の音楽世界は現代よりはよほどこじんまりとした優しげなものだったのだろう。

 見学料として500円也を取られたのは、はじめは高いような気もしたが、あとになって分かってきたことは、むしろお金の問題ではなく、入場料を払ってでも見たいという関心と意欲のある人をいわばふるいにかけるためにそうしているのかもしれないということだ。
 入場無料で公開したら、それこそ楽器の価値の分からない観光客などがどっと押し寄せて、これらの名器を荒らしまわったのではたまったものではないだろうから 。

藤原由紀乃ピアノリサイタル

 2002年10月19日、佐賀県基山町で開かれたコンサート。曲目はラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」からはじまり、ショパンのエチュード4曲、後半はベートーヴェンのハンマークラヴィーアというプログラム。
 藤原由紀乃さんは、87年にロンティボー入賞(第一位グランプリ)後から演奏活動をはじめられたが、以降TVなどで観る限りでは一貫してベーゼンドルファーを使うピアニストだったので、演奏に対して期待はもとより、ピアノは何を使うのかと言う点でも大いに関心があった。
 今回は基山町民会館という都市部ではない地域でのコンサートだったこともあり、この点はどうなるのだろうと思ったが、会場に行ってみると果たしてベーゼンドルファーのModel-275がステージ上に据えられている。聞くところでは大阪からわざわざ持ち込んだピアノの由。当日はあいにくの雨だったので、コンサートが始まる直前まで除湿器を回し続けていた。

 藤原由紀乃さんの演奏は、とにかく徹底して丁寧で、一瞬たりとも曖昧なところがない。幼少期から独特のメソード(ベアタ・ツィーグラー奏法)のもとドイツで育ったというだけあって、まず心の中で曲のイメージを作り上げ、しかる後に演奏を開始するというもので、ピアノの前に座ってから実際に指が動き出すまでかなりの間を要する。
 演奏自体は、一つ一つの音符とその構造が常に明確であるが、だからといって機械的な演奏とも正反対で、全体を彼女独特の音楽が確固とした形で息づいている。まさに一瞬一瞬を慈しむように、愛情豊かに歌い上げながら音楽を構築して行くのである。こういう点ひとつでも、日本人ピアニストとしては珍しいことではないだろうか。

 初めにラヴェルこそ多少の硬さがあったものの、ショパンになるとすでに本領を発揮。独自のショパン像を展開する。ただし後半のベートーヴェンはハンマークラヴィーアという、32の全ソナタ中最大規模のまさに大伽藍のごときこの大曲は、さすがに彼女に重すぎた。全体の曲の姿が伝えられず、持て余しぎみという点は隠しようもないもので、藤原さんの美点が出てこない。明らかに選曲ミスと思われ残念である。

 しかし、大いなる拍手に応えて「第三部」といってもいいような重厚なアンコールの数々には驚かされた。とりわけラヴェルの「オンディーヌ」「水の戯れ」やドピュッシーの「映像(第一曲)」などフランス物に彼女の美点が遺憾なく発揮され、正確でありながらも抽象表現に優れる点はさすがと瞑目させられた。リストの「ラ・カンパネラ」も例のフジコ・ヘミングとはまた違ったテイストでの佳演であった。またモーツァルトの「キラキラ星変奏曲」を全曲弾くというのもアンコールとしては珍しい。
この日のコンサートは、このアンコール群あってはじめて完成に達し、聴衆も本当の感激と満足を得られたといって差し支えないだろう。

 ベーゼンの275は、いかんせん終日の雨模様が祟ってもうひとつ鳴りが良くなかったが、それでもやはり良い音で、藤原さんの独自の演奏を力強く支えていた。意外だったのは、ベートーヴェンは当然としても、フランス物との相性が思いのほか良いことで、スタインウェイとは違った瑞々しさや美しさがあり、やはり大したピアノだと痛感させられた。
 私見だが、ベーゼンは最大のインペリアルより275のほうがバランスがいいと思う。インペリアルはあまりの過剰さからくる響きの偏りにどことなく怪物的なものを感じるが、275ならそういう一面はあまりなく、聴いてて違和感もなく、ベーゼンの良い点だけがストレートに伝わってくる気がする。
余談だが、スタイルもいささか不恰好なインペリアルとは違って、275のほうがまことに優美で美しい。カタチは音とは直接関係ないかもしれないが、優れた楽器はやはり姿形も良いはずだと私は信じたい。

 藤原由紀乃さんはCDは、何かしら訳があるようで一般店頭では販売されず、日本ツィーグラー協会という団体を通じてしか入手が難しい。ロビーにはそれらのCDが即売されていたので、これはチャンスとばかりに買い求めたところ、終演後に彼女がCDにサインをしてくれるのだという。
 長いアンコールの数々を弾き終えた藤原さんが登場するや、一人ひとりに誠実な態度でサインをされ、さらに丁寧に握手して下さった。そこには彼女の人柄、ひいてはその演奏の実態が矛盾のないありのままの形であらわれており、何かしらすべてが納得できたという心地よさで帰路についた 。

弓張美季ピアノリサイタル

 2002年11月4日、2台の黄金時代のスタインウェイを使ったコンサートが神戸の神戸朝日ホールで開かれ、マロニエ君はこのために神戸まで往復してきた。
 主催は日本ピアノサービスで、例の4台の貸し出し用のスタインウェイの中から、1963年のハンブルクと1925年のニューヨーク(CD-135)がステージに上がった。

 ピアニストは弓張美季(YUMIHARI MIKI)さんという神戸出身で、ドイツ、ニューヨーク、そして現在はロシアに留学中の方で、日本ピアノサービスのバン田氏ご推薦の若い才能あふれるピアニストである。
 ちなみにこの弓張さんの独奏による、日本ピアノサービスのピアノを使ったCD(ペトラルカのソネット3曲)も同社から発売されている。

 現在、ピアノリサイタルは星の数ほどあるものの、そのほとんどがホール備え付けの製造後10年以内のあてがいぶちの新しいスタインウェイか、あとはわずかにベーゼンドルファーや日本製のピアノを使ったコンサートがある程度で、このように良き時代のこだわりのピアノをわざわざホールへ持ち込み、ピアノそのものにまで焦点を当てたコンサートというのは皆無に近いだろう。

 コンサートの構成としては、まず前半が63年のハンブルクを使ってハイドンのソナタHob.50、シューマンのアベッグ変奏曲/蝶々、後半はピアノをCD-135に替えてショパンのバラード第1番、リストのベネツィアとナポリ、プロコフィエフのソナタ第3番というものである。
 前半のハンブルクはもちろんなかなか良い音であったが、以前に自分でも触れてみた経験から、このピアノにかなり惚れ込んでいる筆者としては、正直いってもうひとつ不満の残る面もあった。これは、いろいろな要因が考えられるだろうが、そのひとつにこの日のピアニストとの相性の問題があるのかもしれない。ピアノの特性を最大限ひき出すべく、ひとつひとつのタッチに細心の注意を払い、澄んだ美しい音づくりを心掛けてそれを実践するタイプ(比較的男性ピアニストに多い)のピアニストだったらあるいはまた違った結果が出ていたかもしれない。
 弓張さんの場合、このピアノの最良の面と彼女の美点が合致しているとは必ずしもいい難い面もあったように感じた。敢えていうなら、ピアノという概念を超越したところの、自己の音楽表現そのものを最優先させるタイプのピアニストであるように見受けられた。そして、その最右翼がかのリヒテルであろう。

 いうまでもなくピアニストの型というのも実に千差万別であるし一回ごとの演奏も生き物である。だからこそ出来不出来もあれば好みも別れるのであって、そういう不確実性にも聴衆は惹きつけられる。そしてまた楽器であるピアノも、より優れたものであればあるだけ、広義に於いては演奏者を助けつつ、狭義に於いては個別の演奏者の微細な機微や特性までにも赤裸々に反映してしまうものであって、そういう意味では頼もしい反面、恐くもある楽器といえよう。

 ついでにいうと弓張さんのピアノは、華奢な体格とは正反対に音楽の骨格が大きい。いわゆる平均的日本人ピアニストにありがちな端正さや線の細い小ぢんまりしたまとまりの良さといったものではなく、常に曲を大掴みに捕らえ、それぞれの曲が内包するドラマを雄渾なタッチで描き出す。そのため、時に楽曲の要求するものとは食い違った表現になることもあるが、専ら自分の信じるところを貫き、恐れず音楽の核心に全身で飛び込む。したがって人によっては好き嫌いもあろうが、ともかく彼女のピアノは情熱的でいきいきとした生命感あふれる明瞭な言語を持っていて、こういうところは日本人ピアニストには珍しいことであり、私は大いに支持したい。

 そもそもこのCD-135というピアノ、実は近くで聴くと、さほど音の美しい上品なピアノとは言い難い面がある。エンターテイナー的要素が強く、狭い部屋ではその強烈無比な個性がその空間に収まりきれず、どうにも真価が発揮できない。
 ところがどうだろう。ステージで聴くと、その派手めの独特の音色が必ずしもそういうふうには感じられず、ホールという空間と距離のなかにその弾力のある艶やかな響きが充溢するにつれ、なかなか具合のいい堂に入ったものになってきたのに驚かされた。これぞまさにステージ用のピアノ!なのだ。あたかも間近で奇異に感じる舞台化粧が、客席からは適度な距離とライティングを得てちょうど良く見えるようなものであろう。とりわけ後半はじめのショパンとリストは、ホロビッツのあの音と雰囲気を感じさせる刹那があった。

 弓張さんもこのCD-135のほうが相性が良かったのか、演奏もさらに熱っぽいものであったし、ピアノもそれに応えてどこまでもついてくる。バン田氏がこのピアノを「ロデオのような」と表現したのは前にも書いたが、だとするなら、弓張さんはおとなしく調教された名馬より、このような卸し難い荒馬を巧みにあやつるほうがお得意なのだろう。
それがもっとも象徴的だったのが最後のプロコフィエフのソナタ3番であった。このときは演奏開始直前のまさに息詰まるような静寂の中、突如履いていたサンダルを荒々しく脱ぎ捨てて、いきなり素足でこの難曲に体当たりした。その光景は、まるで猛獣を自然に手なづける野生の少女のようであった。

 この日の終演後には、バン田氏にもうひとつの思惑があり、会場のお客さんを舞台上に招き入れて、この2台のピアノを自由に触らせるという粋なはからいだった。多くの人たちが恐る恐る舞台にのぼって、たった今聴き終えたばかりのこれらの名器を、今度は自分の手で触れてみるという思いがけないチャンスが与えられたのである。お約束のネコふんじゃったを弾く子供からリストの超絶技巧練習曲のさわり部分を弾く人まで、お客さんもさまざまで、たちまち2台のピアノのまわりは黒山の人だかりである。もしも私のような臆病者がこれらのピアノの所有者だったら、大切な名器に万一被害でも及びはしないかと気が気ではないだろう。ところがバン田氏ときたら至って平然としておられ、なんとも度量のある方だと思わずにいられない。

 ピアノに限らず良いものはいかに理屈を並べ立てたところで意味はなく、結局のところ自分で触れて体験してみなくてはわからないものだが、そのためにはバン田氏は惜し気もなく貴重な名器を提供してひとりでも多くの人に伝えようとされているようだ。
 弓張さんのピアノも機会があればぜひまた聴いてみたいものだ 。

日本ピアノサービス

 住宅街の一角にある店の佇まいは、よくピアノ店にありがちな女性的なやわらかな雰囲気の構えとは全く異なるものだ。販売用のピアノが並べられた展示室を中心に工房、事務所、練習室が壁一つで密着しており、徹底して機能的な質朴な雰囲気は、まるで町の古いボクシングジムかなにかのようである。

 バン田氏はたいへん人間臭い、きっぷの良い磊落な人物で、氏のスタインウェイ論はまさに一聞に値するもの。ひとたび始まるとまさに時間を忘れて何時間でも聞き込んでしまう。そしてスタインウェイのあるべき姿のためには、それこそ輸入元やメーカーのお偉いさんにも、かまわず恐れず自説をぶつけて毅然と意見抗議する硬骨漢でもある。
この店には、そのバン田氏ご自慢の本当のスタインウェイが並んでいて、勿体ぶったふうもなく思う存分触らせてくれる。

 さてその練習室には2台のコンサートグランドの入るスペースがあり、この店所有の3台のタダモノではないD型(スタインウェイのコンサートグランド274cm)のうち2台が随時入れ代わって置かれている。それぞれがいずれもまったく性格の異なる大変な名器で、まず(1)1925年製のニューヨークのD型はCD-135というスタインウェイ社の貸し出し用ピアノであった経歴をもつピアノ。もう一台は(2)1963年製のハンブルクのD型で、この63年頃のピアノは戦後のハンブルクスタインウェイの黄金期といわれる。さらには(3)戦前の1914年のハンブルク製のD型である。この3台のD型に加えて、さらに(4)1908年のニューヨークのB型(211cm)と(5)1911年のハンブルクのB型とがあり、これら5台はいずれも非売品である。

 上記の5台のスタインウェイについてごく簡単にいうと、(1)はいうまでもなく日本でお馴染みのハンブルクはもとより、標準的なニューヨークのDともかなり違った性格を持つ。バン田氏の言葉を借りると「ロデオのようなピアノ」なんだそうだが、たしかにその通りでじゃじゃ馬のごとき敏捷性と野性味を持った特異なピアノである。音も独特で、一番分かりやすくいうならレコードで聴くホロビッツのあの音をさらに奔放な感じにしたピアノとでもいえばいいだろうか。
(2)は現在我々が、多くのホールやCDでもっとも頻繁に耳にするハンブルクスタインウェイのあの音の、いわば原点とでもいうべき音で、華やかさの中にもしっとりとした深みと叙情性をたたえた音だが、近年の同型に比べれば目先の華やかさを追い求めたものとは異なり、はるかに重厚で芯の強い音がする。
(3)は同じハンブルクでも戦後のものとは明らかに方向性の異なるピアノで、どこからともなく沸き上がってくる豊麗な響きは、ちょっと他に見当たるような代物ではない。まさに神々しいビロードのごとき美しさで、本来ハンブルク製が目指した理想の姿はこちらにあるのかもしれない。
(4)はニューヨークながらも、CD-135のようなじゃじゃ馬ではなく、鳴り、音の色艶、華やかさ、力強さなど、ピアノとしてのあらゆる要素が実にバランス良くまとまったピアノであり、オールマイティという点では4台中随一かもしれない。加えて、まもなく100歳というピアノが健在どころか、新しいピアノをも寄せつけない圧倒的パワーと楽器としての輝きを持っているという事実。これはまさに驚嘆すべきことであるし、この点はむしろ他の3台にもいえることで、あらためてスタインウェイの異常なまでの生命力にはただただ脱帽するばかりだ。
(5)は残念ながらマロニエ君はまだ触れるチャンスを得ていないが、こちらもかなりの逸物らしくコンサートへの貸し出しなども多いそうだ。
この他にも、店内には販売用の在庫が常時4、5台はあるが、いずれも大変良く調整された素晴らしいピアノばかりで、スタインウェイの本当の実力と素晴らしさを、身を以って感じることができるものばかりだ。 
 その中には大型のピアノだけでなく、たとえばS型という最小モデル(奥行155cm ヤマハでいえば最もポピュラーなC3より実に28cmも短い)でさえメリハリの効いた鮮やかな音をいとも簡単に出すのは驚きべきことである。
 STEINWAY & SONSというマークに頼るのではなく、パワー感に溢れた本当のスタインウェイの能力と満足を求めたい向きは、ぜひとも一度は足を運ぶべき店だろう 。

ピアノを知るべし

 ごく一般的な話だが、ピアノは他の多くの楽器とは取り巻く環境が著しく異なる楽器だと思う。

 マロニエ君がまずここで言いたいことの最大かつ根本的な要因は、ピアノは演奏者自身が楽器をいじらないという運命にある点である。そしていじらないことで楽器に対する関心が自然に育つということがなく、勢い楽器との距離ができることになる。そのぶん、ピアノ弾きはただひたすら指先の技術的修練のみに明け暮れることになるのかも・・・。
 弦楽器も管楽器も、みんな自分の楽器の健康状態や音色や個性、個々の楽器の管理などに常に強い関心を持ち、愛情を注ぎ、注意を払い、そこからまた好みやさまざまな要求、ときには強烈な欲望や不満までもが出てくるのが常である。ところが、ピアノはそれ一台で内なるオーケストラでさえある楽器の帝王であるにもかかわらず、多くの場合、使い捨ての工業製品同然の過酷な扱いを受けているのである。

 例えば、車がエンジンをかけてアクセルを踏めば走るのが当然のように、ピアノも多くの専門家でさえ、キーを叩けば音が出るのが当然の発音機械のように捉えてしまっているが、こんなことは別の楽器ではちょっと考えられない。

 私見だが、最大の原因はその圧倒的な大きさ/重量ゆえに自分の楽器を持ち運びするということが宿命的に出来ないというところにあるのではないだろうか・・・。ピアノを弾く人は、自宅以外では各所にあるお仕着せの楽器を有無を言わさず演奏せざるを得ないため、いつしか個々の楽器の個性や優劣に関心や執着がなくなるし、さらにいえば無くす以前にそもそもそのような感覚が育っていない。さらにはアクションをはじめとするピアノ特有の複雑な機構が素人の介入を許さず、専ら技術者の専任領域として聖域化されていることもあるだろう。
 こういうことが日常化して、自分の楽器にさえもさほどの関心や愛情を持てなくなってしまうことが多く、せいぜいアップライトかグランドか、あるいは日本製か輸入物の有名ピアノか・・・程度の関心しかお持ちでないことが圧倒的多数であって、これはまったく驚くべき事だと言う他はない。
 要は大多数のピアノ奏者にとって、「楽器」は「道具」と同義語なのだ。

 さらに、例外はあれども、日本の楽器メーカーの作るピアノの大半が丈夫で均質なだけが取り柄のきわめて表現力に乏しいピアノであり、しかもそれが大多数の日本のピアノ弾きにとってのスタンダードと化してしまっている点が、このような傾向にさらなる追い討ちをかけていると思う。
 たしかに、頗る頑丈でピアノにとって過酷な日本の気候の中で、長年の酷使に耐え抜き、ほとんど持ち主を裏切ることがないという、要は日本車とまったく同様の信頼性を備えた頑健な工業製品であるのはたしかに立派なことではある。むろんそれはそれで大変高度な技術の賜物であるし、その偉大さは大いに認めるところだが、同時にその代償として多くの日本人が表現性とか音色に対するデリカシーなど、いわゆるピアノ演奏上不可欠の音色づくりやタッチの妙技という重要な項目を見落とし、いつしか音階を持つ打楽器にしてしまったように感じられてならない。
 最近のことはよく知らないが、マロニエ君がレッスンに通っていた頃は、独裁者のごとく恐ろしい先生から、ピアノのためと称してそれこそ家庭内のプライベートな部分にまで事細かに干渉されることもしばしばだったが、さて本質的な音楽それ自体の指導やタッチコントロール、さらにはピアノという楽器本来の精妙な音色のあれこれや鳴らし方などに触れられたことはついに一度もなかった。

 念のために言っておくが、マロニエ君はなにもいまさらピアノ弾きの人達がピアノの構造の技術的勉強をすべきだと言っているのではない。 
ただ、自分がピアノを演奏するにあたって最低限の機構的理解や基礎教養というのは、表現技術の一助として絶対不可欠であると言いたいわけである。
 例えばピアノの発音機構がいかなるものかを知るだけでもピアノを弾くときの接し方に違いが出てくると思うのであるが、実際はピアノの音はどうやって出てくるのか、初歩的な原理すら知らない人が本業の中にも実に多いのである。飛行機がなぜ大空に舞い上がるかという理屈を知らないパイロットなどあり得ないが、ピアノに限っては同様の非常識がまかり通っているのが現実なのだ。

 ピアノの技術者によると、調律に行く先々で、音の好みや何らかの要求をハッキリ持っている人はプロ級でもまずほとんどいないのだそうで、タッチから音色まですべてを技術者任せらしい。楽といえば楽だが、それなりの技術者にとっては腕のふるい甲斐もないらしい。
 人から聞いたおかしな話だが、あるピアノの先生宅に二台の異なるメーカーのグランドピアノが並んでいて、それら二台がまったく似ても似つかぬタッチと音色に調整されていたので、どのような意図でそういう区別をされているのか尋ねてみると、ひと言「調律する人が違うから・・・」という理由だったそうで、その人は驚きのあまりひっくり返りそうになったそうである。
 しかし、こんな笑い話のようなことが現実にはそこらじゅうに溢れているのがピアノを取り巻く現実なのである。
 ああ・・・ 。