#18.日本人演奏家のCD価格

 なぜ日本人演奏家のCD価格は、突出して高いのだろう。

 現在CDは、よほどの例外でもない限り、メジャーレーベルの国内盤新譜で1枚2500円前後だ。それが輸入盤になれば2000円を切り、再販ものになると更に安くなり、セット物に組み入れられたら、一枚あたりの価格なんて突拍子もない値段になる。輸入盤でマニアックなものになれば多少価格の高いものも中にはあるが、それでも3000円未満だ。
 音楽の値段がこういう枠組みの中にあることを単純に肯定しているわけではないが、相場を軽視することはできないし、そこに登場する演奏者は、ほとんどが世界的トップアーティストの面々である。

 それに対して、日本人のCDは新人/ベテランを問わず、大半が3000円の大台に乗る。マロニエ君は日本人の演奏家(特にピアニスト)にも強い感心を寄せているので、いろいろと購入したい気持は常に持っているけれども、欲しいCDはそれ以外にも山とあり、予算も当然ながら限界があるので、その500円・1000円の差が購入を踏みとどまらせてしまう。
 今どき3000円!という錯誤的価格に抵抗を覚える上に、日本人演奏家の場合、半分は新しい人で、果たしてどんな演奏をするのかもまったく未知数だ。その未知数の演奏に接してみたいという気持は山々なのだが、そのためにCDとては最高レベルの価格を容認するには厳しいものがある。
 芸術や音楽を価格で論じたくはないが、しかし消費者にとって値段は値段である。発売間もないポリーニのあの素晴らしいバッハ平均律でも輸入盤なら2枚組で2700円ほどで、かたや未知の新人のCDが3000円というプライスで、実際に同じ売り場に並んでいるのだから、高いという印象を持つのも当然だろう。はじめから売る気がない諦めの姿勢と受け取られても仕方がない。
 マロニエ君はその手のCDを手にしたときに、「どうせ買わないんでしょ。買わなくていいですよ、いちおう置いてるだけだから。」というような声が聞こえてくる気がする。少なくとも、よろしかったらどうぞ買ってください、ぜひ聴いてください、という熱意は伝わらない。

 一度など、この手のCDを手がけているあるマイナーなレーベルに電話して、この点の質問をぶつけてみたが、回答はおよそ次のようなものだった。
 クラシックのCDそのものが売りにくい商品であるし、現実にCDを制作するには大きなコストがかかるため、少しでも経費を回収できるよう検討した結果のやむを得ない価格であり、メジャーレーベルの新譜よりも高額であることは自分達も承知している。しかし売れる見込みのないものは高くせざるを得ないという実情があることをご理解いただきたいというものであった。それで電話は切ったけれども、そんな当たり前のことならとうに承知していることだ。
 マロニエ君も以前あるピアニストのCD制作に始めから終わりまでみっちり関わった経験があるが、一枚のまともなCDを制作するためにかかる費用は、いわゆる自費出版の場合でだいたい100万円はかかるとみていい。機材使用費やセッティングを含んだ録音作業から編集その他を含めた技術者への支払いと、ディスクのプレス代、ホール使用料(安いホールをだいたい2日~3日)、ジャケットのデザイン、印刷、ピアノの使用料と調律代、これらを合わせると100万というのも高くはないほうだろう。
 そこに小さくともレコード会社なんかが絡んでくれば、さらにその費用は嵩む。挙げ句に売れる見込みがないからという理由で販売単価を上げるという図式だ。

 だが、もしマロニエ君が新進のピアニストであったなら、考え方を変えるだろう。
 ピアニストという厳しい世界にあえて名乗りを上げ、相応の覚悟をもってこの道を全うすべく取り組むとしたら、その為には、キャリアもさることながら、現実により多くの人に演奏を聴いてもらい、その演奏が認められ、名前と顔を覚えてもらうことが第一。したがってCDを作るにも、制作費用は自分の宣伝費と割り切り、より多くの人に気軽に買ってもらえるよう一枚当たりのCD価格を下げる。CD単体での赤字黒字はとりあえず問題とせず、より大きなくくりでのメリットを狙うだろう。
 上記の価格は1000枚制作だから、一枚当たりの制作単価は1000円だ。販売価格2000円でも500枚売れれば数字上の元はとれるし、1500円でも宣伝効果を換算するなら決して損ではない。
 ピアニストは当人もまわりの人も、だいたい世間のことはご存じない方が多いから、思考回路自体が違うと思うが、そもそも宣伝費となれば、それぐらいなんということはない。多くの事業者や商売人が宣伝にどれだけ苦心しているかを思えばこんな程度のこと、やって当然だろう。しかも演奏内容と売り方次第では回収の見込みもあり、もしかしたら儲けが出ることだってあるわけだから、マロニエ君ならそういう方法をとるだろう。
 いずれにしても始めから売れないつもりでCDを作り、だから売れない価格をつけるなんて、そんなものは道楽もしくは自虐行為にほかならないし、もし道楽というなら、売るなんてケチなことはせずに、タダで方々にばらまけばいい。
 現実に、ピアニスト諸氏はCDを出したなどと言ってはみても、レコード会社との契約によって夥しい枚数のCDを買い取らされ、相当の赤字を抱えて沈黙しているのが実情だ。だったらはじめから安くして多くの人に聴いてもらった方がいいんじゃないか、ということだ。

 もし日本人ピアニストのCDが1500~2000円になれば、少なくともマロニエ君は今の数倍は買うと思う。そうなれば出費自体は今よりも確実に増えるわけだが、それが人のサイフを緩めさせる機微というものではなかろうか。

 どう考えたって、世界のトップアーティストの新譜より、新人/無名の演奏家のCDは安いのが当たり前だろう。それが正常であり、世間に対する礼儀というもの。それで立ち行かない人は、そもそもCDを出すなんて大それた事をすべきではないとマロニエ君は思っている。