#19.シレサの響板

 いまピアノの世界ではシレサ(チレーサ)の響板というものが静かに注目を浴びている。
 シレサとはイタリアの響板製造会社の名前で、同社の響板に使われる木材の産地がイタリア北部のバルディフィーメという標高1000mの渓谷で採取されたスプルースを使っているのだという。あのヴァイオリンの名工ストラディヴァリが選んだのもこの地の木材だったという殺し文句に乗せて、日本の大手メーカーも一部のピアノにこの響板を使い、普及品の上に位置するプレミアムモデルを製造している。

 マロニエ君は、たまたまある工房でこのシレサ響板使用の日本製グランドの中古品を触る機会があった。響板の隅にCiresaの焼き印がある以外は、ごく普通のカワイのグランドで、サイズはよく覚えていないが180cm前後のものだったように思う。店主に言われるまま触れてみて予想外の音に驚かされた。これまでのカワイの音とは明らかに異なる、ちょっと気取った感じの粒立ちのいい音で、いわゆる日本のピアノという感じがしない。日系外国人という感じだ。とりわけ中音域から次高音にかけての、なんともサマになった感じの音色は印象的だった。 
さすがに低音域は弦長がものをいう領域なので、中音域で感じた好印象がこちらにまで連続してくることはなく、まあそれなりの音だったけれど、それにしてもちょっと思いがけないピアノだった。

 それにしても響板の違いだけでこれほどの違いがでるものか。調べてみると現在のシレサ使用モデルの場合、ハンマーにもロイヤルジョージのような輸入物を使っているようなので、それらとの相乗作用であるのか、あるいは他にもさまざまに手が入っているのか、そのへんのことはよくわからない。だが、これは同社の普及品とは一線を画すピアノであることは間違いないと思う。

 さて、このときからどれほど経った頃だろうか、ファツィオリ使用のコンサートを聴いて、マロニエ君なりの感想をある技術者に書き送った。その中の一文に「日本の大手メーカーが普及モデルに輸入物の響板やパーツを組み込んで作った、あの手の音の感じをイメージした」と述べたところ、後日それは当然だろうという意味の返事が来た。氏曰く、ファツィオリ、ザウター、スタインベルク、シュルツポールマン、これらはすべてシレサの響板を使っているので、品質の差はあるにせよ、基本的な音色は同じようなものだということだった。
 これらのブランドのうち、マロニエ君はスタインベルクは弾いたことがないし、シュルツポールマンはアップライトしか触ったことがないけれど、たしかに上記のカワイを含めて、どれも別会社のピアノであるにもかかわらず、共通した音の要素を感じる。

 ところが辛口の同氏によると、シレサの響板は基本的には弦楽器には向いているが、ピアノには…ということだった。マロニエ君はそんへんはわからないけれど、重厚で深みのある音よりも明るくて現代的な音を好む人には、価格次第ではそれなりの価値はあると思う。
 少なくとも、カワイのシレサ使用モデルは、新品価格比較でレギュラーモデルの21万円高ということになっており、響板のほかハンマーなども仕様変更されているので、この差での二者択一ならマロニエ君は迷わずシレサ使用モデルを選ぶ。