#24.幸か不幸かピアノマニア

 我々のようなピアノマニアという存在は、欧米ではどうなのかは知らないが、我が国においては極めて少数派に属する異種異端の好事家だろうと思う。そもそもピアノそれ自体が、今や社会から取り立てて注目されるものではないし、ニーズも少ないから業界のビジネスもお寒いらしい。したがってピアノに興味を抱く人もごく少数で、ましてやマニアとしての同胞を探すことは極めて困難という点がある。これが車や鉄道のマニアなら仲間探しは苦もないことだろうが、ピアノマニアは出発点からして道は険しく入り組んでいる。

 ひと口にピアノマニアといっても意味するものが曖昧で、大抵は弾くことを中心とした集まりに終始する。
 大別すると
(1)自分であれ仲間であれ弾くことに対する興味。
(2)ピアニストの演奏や素晴らしい曲を聴くこと。
(3)ピアノという楽器それ自体に示される興味。
 ~というぐあいに、大きく三つにわかれるだろう。そして大半のピアノサークルやピアノ愛好家は、前者の2つへと消えてしまい、ピアノという楽器そのものに興味を持つのは、専ら技術者や楽器店経営者による「職業的関心」によるものが圧倒的で、ピアノという楽器の良し悪しや好み、構造や調整がもたらす音への効果、メーカーごとの特徴などがシロウトの純粋な趣味の対象となることは、ほとんど絶望的に少ないと言って差し支えない。
 ちなみに、これはマニアの世界だけではなく、プロの演奏家でも似たような傾向がある。弦や管の人達は自分が奏する楽器に対する知識は相当のもので、拘りも強いが、ピアニストはピアノに対してはそれほどの関心があるとは言えない。自分で調整もできず、自分の楽器を持ち歩くこともできないピアニストは、自然に楽器に対する興味を失い、もっぱら自分のテクニックやレパートリーのことしか頭にないように見える。
 そういうことより会場のいかなるピアノにも対応できる自分であることのほうが重要らしい。たしかに現実問題として頷けるし、楽器に拘るピアニストのほうが少数派で珍しい。

 マロニエ君もピアノ自体に関心を持つという点ではその超少数派の一人といえるが、たしかにピアノに関しては長きにわたって孤独な趣味だった。10年ほど前からほんの僅かながら共通した趣味を持つ方との微々たる出会いや関わりはあったけれども、その数は数と言えるほどのものでもない。ネット上の掲示板などを見ても、それらしいトピックがたまにあっても、よほどのリーダーがへこたれずに牽引していかない限りは長続きせず、やはり圧倒的に多いのは「弾くこと/習うこと/難曲に挑戦することに喜びを見出す人達/その他」で、楽器という物体に対する興味が語られる場所は本当に少ないし、やはりそちらでも楽器そのものへの話となると技術者が登場してその中心をなす。

 他の趣味のクラブを例に取ると、クラブの存在理由と醍醐味は、趣味を同じくする仲間との親睦と情報交換であり、これが参加者にとっては大きな力の源となる。もちろん世の中には大変な能力を備え、人の何人分も一人であざやかにやってしまうスーパー級の御仁もいらっしゃるが、普通はなかなかそうはいかない。楽器としてのピアノということになると文献も極端に少なく、情報収集のチャンスも滅多にないから、趣味道がなかなか前に進まないし、ちょっとした情報でも貴重なものとなる。
 そもそもピアノは、情報そのものが外に出ることがはじめから少なく、それらを追い求めるための広範な調査や実態把握も困難だから、知識や経験などにも自ずと限界があり、とうてい個人の力でどうなるものではない領域が多い。そこはやはりクラブやサークルのお付き合いの中から得るものがあればという理想の状態を思い描いてはみるけれど、もともと数が望めないので、いつまでたっても弱小政党のごとく、趣味の世界では冷や飯を食う運命にあるのだろう。
 そうは言っても、そもそも自分の一番好きな趣味に首を突っ込んで勝手に楽しんでおきながら、自らを冷や飯と位置付けるのもおかしいかもしれない。喜びは情報量ではなく、心の裡にあるものだろう。

 現代のようにあらゆる情報がネットを中心にあふれてしまうと、便利ではあるが、マニアとしては楽しみ半減という側面もあるような気がする。趣味というものは一つのことを追い求める道楽で、醒めた目で見れば誠に馬鹿々々しいことこの上もないが、そこには幾多の困難が立ちはだかり、それをひとつひとつ克服していく過程にも趣味の醍醐味があるのかもしれない。なんでも易々とわかって決着がついてしまえば、却ってつまらないものかもしれない。あとは自分の腕を磨くかモノを蒐集するぐらいしか残っていないだろう。その点で、ピアノはまだまだ一般的には謎やわからないことが山積みの世界だし、いわゆる余人の手で汚されてもいないから、思う様採掘の可能性は残されているとも言えよう。
 マニアとしては「困難」という名の魅力が我々を趣味の世界に縛り付け、いっかな飽きさせてしまうことがないと思えば、これも案外幸せなのかもいれない。
 できるだけこれからも仲間を増やし、技術者の方々との交流を通じて、ピアノのいろいろを覗き見たいものだが…。