#27.ピアノ店巡りの心得

 我々のようなピアノマニアは、クルマ好きがディーラーのショールームを見て回り、ときには試乗などをするように、あちこちのピアノ店あるいはそれに準ずる場所を訪れて、そこにあるピアノを見、触れてみることに大きな興味と喜びをもっている。様々なピアノ、様々なブランド、様々な技術者に接することには尽きぬ魅力があるからだ。
 あちこちのピアノ店を訪ね歩くのは、単純な意味では本当に楽しい。

 だが、その際に努々心得ておかなければいけないことがある。
 もちろんマロニエ君とて偉そうなことを言えた義理ではなく、ずいぶんと相手様に迷惑をかけたことだろうと思うからこそ、ここに敢えてそのことを書いておこうと思った次第だ。
 いまさら言うまでもないことだけれど、ピアノ店は趣味や道楽でやっているのではなく、まぎれもなく商売なのだから、ここで基本的に歓迎されるのはピアノを買うお客さん、もしくはお客さんになる可能性のある人である。可能性と言ったって、いつのことだかわからないような先の可能性じゃない。まあ中には趣味的な色合いを帯びた技術者がマイペースでやっている店もあるが、それでも最終的にはビジネスが成立することに目標を置いていることに変わりはない。
 そこへマニアが自分の興味を満足させる目的で、見るだけ・弾くだけ・話を聞くだけの来訪をさせてもらうのだから、そこには一定の礼儀と遠慮というものがあるはずだ。
 お店の営業時間中に来訪し、まずほとんど買う可能性のない客というのは、向こうから見れば甚だ迷惑な客といえる。もちろんなかにはすぐに商売に結びつかなくても、こちらがピアノが好きだとわかると好意的に迎えてくれる店も少なくはないが、その厚意に悪乗りしてはいけないと強く心掛けたい。
 こちらにしてみれば、商品であるピアノに触れさせてもらって、店主の話などを聞くことは極めて興味深く楽しいことだけれども、店側にとってそれは商売にならない時間になるのである。それだけに見せてもらう以上は、こちらの来意を正直に告げて、極力マナーを守って振る舞うべきだろう。

 中には、そうやって見て回るうちに、いつかは俺だって客になる可能性があるかもしれないじゃないか!だから接待は将来の客にたいする投資でもあるはず、などと思うのは傲慢というものだろう。言っておくが、そんな人に限って大抵まず買う事はないし、もし本当に買うなら、そのときはあらためて買う客として、仕切直して出向けばいいだけのこと。それなら向こうも大歓迎のはずだ。お店側はどうしたって商売という弱みがあるのだから、そこを弄んではならないと思う。
 店があり、そこに行くだけで「自分は客だ」などと思いこむ輩が多いが、ただのひやかしではないか。客というのなら、店の利益にいくらかでも貢献してからのことだろう。ひょっとすると自分はお客じゃないことを心の底では知っているので、その負い目がかえって客だという態度を取らせるのかもしれない。

 ときどき聞く話だが、ピアノが好きな人だろうと思われるが、それは大抵男性で、ふらりと店にやってきては、手当たりしだいにそこらのピアノを弾きまくる輩がいるらしい。腕にもある程度の自信があるのか、つぎからつぎにバリバリ弾いて自分だけ黙々と楽しんでいるらしい。この手合いは店側ともこれといって話らしい話もせずに、思うさま弾くだけ弾いたら(突然興味を失うのか、ある程度弾いて満足したのかわからないが)パッと帰っていくという。
 個人ホールをやっておられる方からも似たような話を聞いたことがあり、ここでも予約も何も無しに突然見知らぬ人があらわれて、「ちょっとピアノを弾かせてください」と短く断るや、いきなり弾き出して、2時間ほど経ったころ、ろくな挨拶もせずに消えていくという。
 店も経験的に普通のお客さんとは違うことを感じて、こういう行為は気分は良くないらしい(当然だろう)が、あからさまにそうとも言えず、ほとんどの場合、好きにさせているという。

 それは極端な例だとしても、ピアノ店巡りをするときは、店は商売をしているのであり、そこにあるピアノは商品であるという認識が必要だ。売り物の商品を少し弾かせてもらうのはいいとしても、ガンガン長時間なんてのはもってのほかだ。
 一定の礼節を持っていれば、店側も快く迎え入れてくれるだろう。