#29.持ち逃げするなら…

 マロニエ君は今年、あるところでスタインウェイのD型(コンサートグランド)とベーゼンドルファーのインペリアルをいちどきに弾く機会を得た。それぞれに手入れも行き届いた素晴らしいピアノだった。場所については個人の持ち物なので明かせないけれど、大きな施設内の広い空間で、それぞれ天井も高く、空調管理なども怠りない恵まれた環境下に置かれている。福岡県内にもこういう場所が人知れずあること自体まず驚きに値する。同様に個人でストラディヴァリウスの名器をひっそりと隠し持っていたりする人があるかと思えば、非公開の個人ホールを所有する人もあるらしく、やはり好きな人は好きなのである。

 さて、そのスタインウェイDは50前のピアノで、これに対してベーゼン・インペリアルはそれよりはずっと新しいことは見るなりわかったが、詳しい製造年などは不明である。
 まずスタインウェイDは、これが50前のピアノかと思うほどの健康体で、現在の同型にくらべて、はるかに自然で、開放的で、深みと個性があり、適度に枯れた(衰えたではない)音色がなんとも美しい。こういう状態が維持できているのは管理の良さはもちろんだが、このピアノの基本の強靱さであることも感じずにはいられなかった。今のスタインウェイは生産クオリティは上がっているので、見た目にはひじょうに立派で美しいが、いろいろと妥協の陰もあり、楽器としてのあの孤高の有難味は薄まっている。今のピアノははじめから最大限の力を発揮するよう作られているようで、聴いていてもどこか精一杯という息苦しさがつきまとう。しかし、この時代の楽器には良い意味でのアバウトさと余裕がある。少なくとも人の心に余裕と感じさせるものがあり、深いところに染み込んでくる何かがある。まるで楽器自体が生き物のようなところを持っていて、弾けばピアノそのものが表情と息づかいをもっていて奏者に協力してくれることがわかる。
 つづいてベーゼン・インペリアル。ピアノに近づくにつれて、その異様な大きさに威圧されるようだ。大屋根を開けると、ベーゼン特有のやや赤茶がかったフレームの色が目に飛び込む。さらには外板のカーブに向かってフレームがタコの足のように何本もアーチ状に伸びている。これはベーゼンでもインペリアルだけが持つフレーム形状であり、その奥に見える薄い乳白色の響板が濃金のフレームとの強いコントラストを作り出している。これらを見ただけでもこのピアノがただものではないことを物語っている。弾けばベーゼンのあの艶やかだけれどもふくよかな音色が清らかに流れる。ベーゼンは美しい音を出すためのタッチコントロールが難しいと言われているが、自分で勝手に弾く分には、ひじょうに弾き心地のよいピアノの一流品という印象だった。スタインウェイのようなダイナミズムはなく、華やかだがどこまでも優雅を忘れぬ貴婦人のようだ。
 それぞれの個性がこれほど明確に別れる2つのメーカーというのも珍しいし、好みも分かれるのは頷ける。

 さて、マロニエ君は昔大変なカーマニアでもあったのだが、クルマ好きの表現としてモーターショーの会場や試乗会から「もし自分がクルマ泥棒で、この場から乗り逃げするならどれにするか」という想定でずいぶんあれこれとクルマ談義に耽ったものであるが、この二台のピアノを乗り逃げならぬ、持ち逃げするなら(ピアノほど持ち逃げが不可能なものもないが)どっちにするかとなれば、マロニエ君はたぶんスタインウェイを取ってくるようピアノ運搬のできる窃盗団に命じる。

 その理由は、スタインウェイのもつ潜在的なパワーの違いと、もう一つはよく言われることだけれどオールマイティさということになるだろう。少なくとも、この日弾かせてもらったこの二台に限っていうなら、ベーゼンの上品さや音色の繊細さには捨てがたい魅力があったが、スタインウェイを弾いた後には、どうも発声が小さくてどこか物足りない気分になったのも事実である。このベーゼンは単体としても、とても状態が良く素晴らしい楽器だったし、むろん問題がありそうな気配はまった感じられなかった。しかし、このサイズの楽器としては根本的に鳴りのスケールが見ためほどはなかった。もちろんピアノたるもの音が大きけりゃいいというものではないけれど、インペリアルのあの途方もないサイズは果たして何のためのものだろう?というのがこの時の率直な印象だった。
 かたやインペリアルより26cmも短く、横幅もはるかにスレンダーなボディの、しかもはるかに高齢のスタインウェイがもつあの逞しいパワーはどこから出てくるのだろう。
 
 こちろんこの二台固有の個体差もあるだろうから、これをもってこの2社のピアノの特徴と断じる気は毛頭ないが、以前の経験と照らし合わせても、おおよそ似たような傾向であることは自分なりに間違っていないと思う。
 世のピアニストがバカのひとつ覚えのようにスタインウェイを使うことには、日頃から大きな疑問を持っているところだが、こうして弾き比べると、コンサートという一発勝負の場所では、頼れる相棒を選ぶという現実が実感として理解できた。
 
 それでも、ベーゼンのどうかした力加減によって出てくる、最高品質の絹のような豊かな美しい音色は感銘を禁じ得ないし、あれには何か得体の知れない毒が含まれているように思える。ウィーンは芸術の都。これは毒の都と言い換えることができるだろうから、そんな薫りがあるのは当然と言えば当然だろう。