#33.ベヒシュタイン?

 世界に冠たるピアノメーカーといえども、旧き佳き時代のように限られた数の一級品をこつこつと作っていれば済むという時代は遥か過ぎ去って久しい。追い打ちをかけるように新しい時代の波は次から次へと打ち寄せ、そのたび毎に経済主動、利益追求による秩序の強化、さらには下克上のごとき自由競争が到来し社会に蔓延した。芸術さえもその影響を否応なしに受けるのだから、ましてや楽器製造の世界は直撃に等しいものがある。
 スタインウェイが一族の手から離れてCBSに買収されたのは実に40年近くも前のことで、その後もセルマーという会社の傘下に入ったし、ヴィーンの名器であるベーゼンドルファーも戦後はアメリカのボールドウィンに身を寄せ、後にオーストリアで復権を果たしたものの今度はヤマハの子会社になったという報道は衝撃的だった。ベルリンに本拠を置くベヒシュタインは、第二次大戦によって工場は跡形もなく焼け落ち、戦後再建はされたものの50年も前からアメリカのボールドウィンの傘下に入るなどして命脈を繋いだ。その後はドイツ人の手に経営が取り戻されたがものの、往年の栄華を取り戻すまでには至らぬまま、何年前のことだったかは忘れたが韓国の楽器メーカー・サミックと提携することになった(当時は買収されたとも聞いたが)。サミックの資力と販売網(そして恐らくは大量生産の技術も)を活用しようという目論見だったのだろう。
 
 世界の三大ピアノメーカーと言われてきたこれら老舗であっても、企業経営という側面から見れば、高品質な楽器造りや頑なな職人気質だけでは経ち行くものではないのだろう。より効率的な利益追求が課せられ、日本のピアノメーカーの大量生産大量販売の成果を無視できなくなった。そのような経営事情を背景に、スタインウェイは普及品の製造販売を決断し、ボストンピアノが生まれた。マロニエ君も当時は熱い期待感をもってこのスタインウェイ設計というニューブランドのピアノを弾いてみたが、果たして結果はすでに知られている通りであるし、それが日本のカワイ楽器の製造であることは、ようやく最近になって広く知られてきた感がある。近年ではさらにその下を担う中国製のエセックスが登場した。
 
 前置きが長すぎた。さてマロニエ君は、市内のとある施設が所有するベヒシュタインを使っての、素人のピアノサークル発表会があるというので見学に行ってきた。とりわけベヒシュタイン使用という点においても大いに期待と興味があったのはいうまでもない。
 ところが会場に入ってまず、あれっと思った。そこに鎮座するピアノはベヒシュタインの中でも、純血種とは言いかねるアカデミーシリーズというものだったからだ。このピアノはベヒシュタインとはいってもいわゆる真正のドイツピアノではない。実は上記のサミックとの提携関係が生み出した新モデルで、韓国で製造されているとされるモデルなのだが、それでもベヒシュタインを名乗るだけのことはあり、たしかに「それっぽい音」はしていた。これは認めよう。
 中高音は率直でやわらかな歌心があるし、低音はベヒシュタインらしいギラリとした金属的な響きが垂直落下のように加わるあたりは、往年のベヒシュタインの音色を彷彿とさせるものがあり、それなりに感心させられたのも事実である。
 同時に、マロニエ君は近年の本家ベヒシュタイン(ドイツ製)のグランドは、音がこもっているのに音質じたいはキンキンしていて減衰が短いなど、その名声と価格からは納得しかねるものが多く、ちょっといただけない感じがあった。さらにこれほどの世界的な老舗ブランドでありながら、方向性にも迷いが多く、個人的には高い評価はしかねるところだった。その後はこのメーカーは機構的な変更を繰り返し、スタインウェイの真似ばかりするそのプライドを疑いたいような姿勢にはますます共感できないでいた。むろん何度か実物にも触れてみたが、昔のようなストレートな個性がなく、できるだけ時代に即した商品力を得たいという思いばかりが表に出た、中途半端で過渡期的なピアノという印象だった。ただ、直接音とは関係のないことだが、作りの品質は大したもので、隅々にまでまさに息をのむ美しさがあり、工芸品としてはおそらく世界一ではという印象だった。
 しかしピアノは音を出してこそのピアノであり、その点では総じてあまり感銘できるものがなかったので、ある意味においてはこのアカデミーシリーズの方が、そのような迷いは感じられず、このピアノの価格と成り立ちに割り切りができるなら良い選択かもしれないとも思った。欲をいえばベヒシュタインとしては全体に軽めの印象があり、これにもう少し重厚感とドイツピアノらしい厳しさが加わればさらに素晴らしいだろうが、そのためには値段のことも忘れるわけにはいくまい。
 
 このピアノは、響板、フレーム、アクションはドイツのパーツを使い、あとは韓国製のボディその他パーツを組み合わせることで出来上がる、いうなればドイツと韓国の混血ピアノである。最終調整は特に念入りにスペシャリストが行なうというもので、廉価モデルとはいえ、本家と同じブランドを名乗るだけあって、スタインウェイにおけるボストンよりも上質なピアノだということは聴くなりすぐに感じられた。
 もちろん値段もボストンよりは数段高価(ちなみにボストンの約2倍、ベヒシュタインのレギュラーモデルのやく6割ほどというところか。)だから、当然と言えば当然だが、でも何かが気にかかる。
 
 このピアノを弾いた人達は、口々に良いピアノだったと感想を漏らしていたし、そう感じられたのはピアノとして何をおいても結構なことである。しかし、果たしてこのピアノがベヒシュタインを名乗りつつ、韓国メーカーの血が混ざり込んだ製品だと知っている人がどれほどいるかと思うと、マロニエ君はちょっと複雑な気分になった。ちなみに発売当初は韓国製というのが主たる情報だったが、現在輸入元ではドイツ製であると主張しているらしく、真偽のほどは定かではない。
 
 むろんピアノにとって大事な点は、音であり、響きであり、弾き心地である。それがいいのならまずは何よりだろう。しかし、そのピアノの鍵盤蓋には「BECHSTEIN」という金文字が大書され、その下に小さく「SINCE 1853」、さらにはベヒシュタインの王冠のマークが中央に描かれていて、韓国やサミックを表す文字はまったくない。ところが、この表記自体が本家のベヒシュタインとは作法が違うのである。
 ドイツ本家のベヒシュタインの鍵盤蓋には「SINCE 1853」の文字も王冠マークもなく(王冠マークは大型ピアノのサイドのみ)、至ってシンプルなゴシック体で
「C.BECHSTEIN」とあるのみである。Cは創立者カール・ベヒシュタインのC。ちなみにカワイピアノもグランドに限ってのみ「K.KAWAI」となっており、これはカワイの創設者である「河合小市」のイニシャルで、アップライトは「KAWAI」のみ。
 ついでながら書き添えておくと、この1853年という年はベヒシュタインのみならずスタインウェイの創業年でもあり、さらにはベヒシュタインと並び称されるドイツの名器ブリュートナーも同年の創業だから驚く。これが単なる偶然としたらまさしくアンビリーバボーな話ではないだろうか。それだけではない。鎖国という惰眠を貪っていた日本にとって近代国家への夜明となった黒船来航もこの1853年なのだから、なにやら始まりの年とい因果があるのだろうか。
 
 ベヒシュタインに戻る。
 件のアカデミーシリーズ、音に関係するパーツはドイツ製でも、製造過程には甚だ不明な点があるようで、こういう高額な楽器にそのような薄暗い影がつきまとっていいものかどうか疑問が残りはしないだろうか。
 マロニエ君として最も気になり、甚だ違和感を覚えるのは、ドイツ本家のベヒシュタインとは外観がまったく異なり、かなり野暮ったいデザインという点がまず挙げられる。多少なりともベヒシュタインを知る者の目には、あのデザインでベヒシュタインでございますと言われてもハッキリ言って興ざめある。こう言っては悪いがサミックの量産モデルと瓜二つだ。マロニエ君なら音以前に、まずこの外観だけで欲しくはないし、あれをドイツ製というのなら、なぜあそこまでサミックと見まごうようなデザインでなくてはならなかったのか、とても理解できない。
 スタインウェイにもベーゼンドルファーにもアカデミーシリーズの類はラインナップされているが、いずれもレギュラーモデルと姿形はまったく同じで、塗装やこまかな装飾、手のかかる仕上げなど、直接音とは関係のない部分だけが省略されているもので、主に音大などへの納入を前提としているが、これなら分かりやすい。
 
 しかし、ベヒシュタインの場合はアカデミーシリーズとはいっても、本来のラインナップの下に位置する廉価シリーズという趣が強い。老舗メーカーが外国メーカーと提携し、良質のコストパフォーマンスに優れたモデルを製造販売するという戦略はわかるけれども、その廉価ピアノに本家と同じ名前を貼り付けられては、消費者にとってまぎらわしいことこの上ないのではないか。
 ピアノは音が勝負なのだから、音が良ければ生産国や製造メーカーは関係ないと断じる向きもあるかもしれないが、ドイツの名門ブランドのピアノが思い描いていたようなドイツ製品じゃないということは、多くの人にとって心情的にも無視できない事実と受け止める人は多いだろうし、音さえ良ければどこ製であっても良いというのなら、いっそBECHSTEIN-SAMICKと書いてもいいではないか。それを敢えて書かないところに疑問を感じる。
 せっかく優れたピアノを作っておきながら、こういうトリックのような事をすることで、却って本家の信頼が揺らぎはしないだろうか。一流ブランドというのはその企業姿勢や道義性にも一流であることが求められるのは当然だろう。最近巷でよく耳にする「横綱の品格」と同じようなものではないか。
 
 実は別の機会にマロニエ君も同型のピアノに触れたことがあるが、弾いてみればなかなかまろやかなタッチを持つ上物だと思ったことは事実だ。価格を考えれば、ヤマハのSシリーズやシンメル(ドイツの中堅メーカー)などが好敵手だろうが、まあそれもあくまで家庭用グランドとしての話だろう。
 蛇足ながら、あるときこのベヒシュタイン・アカデミーシリーズを使ったコンチェルト!を聞いたことがあるけれど、それはさすがにいただけなかった。曲は「皇帝」で、しかも相手はオーケストラだから無茶と言えば無茶なのだが、危惧した通りまったく存在感の薄い、ショボショボしたピアノでしかなかった。だが、これをピアノのせいにするわけにはいかない。そういう大舞台での使用を目的に作られたピアノではないのだから当然で、このような無謀な設定そのものが間違いなのである。まるでよくできた小型車にアウトバーンの追い越し車線をポルシェ並の超高速で走らせたようなものだろう。
 
 ちなみに有名メーカーの廉価モデルには、別の名前を与えるのがピアノ業界の慣例ではなかったか。
  スタインウェイ>ボストン>エセックス
  ベヒシュタイン>ホフマン>ツィンマーマン
  ブリュートナー>ヘスラー>イルムラー
 
 お気付きの方もおられると思うが、そう、ベヒシュタインにはすでにホフマンという廉価ブランドがあり、こちらはチェコのペトロフで製造され、出荷調整のみベヒシュタインの手によって行われる。こういうものを作る傍ら、堂々とベヒシュタインを名乗る廉価シリーズがあるのだから話は嫌でもややこしくなる。たとえ廉価品であっても、ならばこちらは正真正銘のドイツ製だろうと思う方が自然というもの。
 少なくともマロニエ君は、この複雑な商品構成のありかたには、あまり良心的なイメージは抱けないと感じることだけは言っておきたい。
 
 いまや日本向けのすべてのフォルクスワーゲンもドイツ製ではなく、南アフリカ製(右ハンドル仕様のため)だったりする時代だから、後からの理屈付けなどはどうにでもできるだろう。けれども人が心に抱く印象というものはどうすることもできない領域のものだ。
 ベヒシュタインはまたかと思うほど、事ある毎にリストやドビュッシーの逸話を持ち出して音楽の歴史的にも関わりの深い老舗であることをしきりに訴えようとするが、その輝ける名声やエピソードが虚しい響きとならぬよう、前向きで誇り高い製品作りをして欲しい。
 ケンプのシューベルトなどに聴くベヒシュタインの比類ない澄んだ音色などは、まさしく尊敬に値するものなのだから。