#34.シゲルカワイ

 たまたま通りがかったのでカワイのショールームを覗いてみた。
 ピアノ店巡りは、購入予定がない者が興味本位だけでするべきことではないと思っているから、できるだけ慎むよう心がけていたのだが、久しぶりということもあり、時々は現行モデルの把握もしておきたいし、ちょっとだけのつもりで入ってみることにした。
 まるで禁煙を誓っていた人が、ついつい一本手にとって火を付け、 久々に煙を吸い込む罪悪感の混ざった快感とは、果たしてこういうことだろうかと思ってしまう。
 
 来意を伝えると快く応じていただき、主にSKシリーズを3台弾かせてもらう。
 本当は普及品のRXシリーズも弾いてみたかったけれど、そうそう長居するわけにもいかないから、節度ある時間内で切り上げるには的を絞った試弾にならざるを得ない。
 
 SK-3、SK-2、SK-6の順に弾いたが、マロニエ君はここではSK-3が最も音に芯と表現力があり一番好ましく感じる。SK-2はずっとおとなしい感じで、全体のまとまり感はあるものの、弾いた手ごたえという点ではもう一つもの足りないものを感じる。しかし、この2台での一番の違いは整音だと思ったから、それしだいではどう変わるともわからないので、結論は控えるべきだろう。
 SK-6はまさしくマロニエ君の自説の通りで、グランドピアノは2mを超えると別次元に突入するが、それはこのSKシリーズとて例外ではなかった。とりわけ低音の猛爆たる迫力などはむしろコンサートグランド寄りのものがあり、これを他の2サイズと比べることのほうに無理がある。それほどにその差は大きい。ただしこのSK-6は象
牙鍵盤となるため、指が非常に滑りやすくなっており弾く楽しさは大いにスポイルされたことは強調しておきたい。
 
 ちなみに象牙鍵盤は、巷間良いことばかりのように言われるが、マロニエ君にいわせると、よくできた高級なプラスチック鍵盤のほうがどれだけ安定性が高くていいかわからない。マロニエ君自身、子供の頃から20年以上にわたって象牙鍵盤のピアノ
を新品から使い込んだけれども、ついに最後まで機能的優位性はまったくわからず終いだった。盲信的に象牙鍵盤を求める人がいるが全く不可解だ。象牙は新しいときこそまあそれなりにいいけれども、多少年月が経ったり、あるいはいろいろな人に弾かれることの多いピアノでは、表面が擦れて一気に氷上のごとくツルツルの感触になる。しかし、古いピアノでもそういうふうになっていない象牙鍵盤のピアノもあるから、もしかしたら象牙にも品質の高低があるのかもしれない。
 以前ヤマハの練習室で弾いたCFIIISも同様で、状態の悪い象牙鍵盤が悪さをしてしなくてもいいミスタッチを誘発した苦い経験があるし、今回のSK-6に限って言うなら、象牙の目がヘチマ繊維のよう に粗く、見た目にも一向に上品な印象は受けなかった。
 象牙鍵盤=高級で有り難いという固定観念は一日も早く払い去って、質の良いプラスチックに統一するべきではないかと思う。
 
 それとこのSK-6のみ、少々使い込まれたピアノだったのかどうかわからないが、アクション全体にほんの少しガタつきがあるのが気になったし、僅かながら機械的雑音も出ていたから、前の2台のような節度感あふれる高品質なタッチの感触はかなり失われていた。ただし、だからといってコントロールが効かないという状態ではなかったことは付け加えておくが、新品固有のなめらかな気持ちのいいタッチ感は、意外に賞味期限は短いのかもしれない。
 
 そのような枝葉末節のことはともかく、このSKシリーズはなかなか密度感のあるガッツのあるピアノであることは再確認できた。少なくとも同サイズの普及品(RX-3)を弾くと、とたんに軽めで薄味の音であることがまざまざと体感でき、否応なくその価格差を納得したし、むしろその差は小さいというべきだろう。(RX-3:約190万円SK-3:約260万円)だから、個人的印象ではコストパフォーマンスの高さでいうと圧倒的にSK-3だと思うし、もし300万を超えても十分納得できる。
 
 カワイピアノのラインナップの中でもとくに気合いの入った特別なシリーズであるだけに、いわゆる量産ピアノという次元からは完全に切り離されたピアノになっていることは間違いないと思う。高級ピアノの部類にも分類されていいかどうかになれば少し疑問も残るが、その価格を前提に考えれば、かなり良心的な高い品質をもったピアノだと言えるだろう。
 
 話が逆になったが、では、このSKシリーズの一番の魅力は何かというと、やはりあの腰の据わったパワー感と音の濃密さだろう。音の太さと厚みという点では、これまでのカワイからはちょっと想像できなかったような躍進の跡が見て取れる。キーの重さも以前よりさらに若干、軽快になったような印象を受けたが気のせいだろうか。
 誤解無きように言っておけば、ピアノでいうパワーとは単なる音量のことではない。むろん音量もあるけれども、むしろ鳴りの余裕と表現力の幅だ。パワーを持ったピアノだと、余裕を残して最適な表現が可能となる。書道でいえば筆の太さに喩えられるだろうか。普通の文字を書くにも、細めの筆でとぎれとぎれに書くよりも、やや太めの筆に墨をたっぷり含ませ、文字の太さも書く人が臨機判断しながら自在に最適の表現 をするようなものであろうか。
 
 同時にこのSKシリーズの音には重量感があり、いわゆる軽いポップ調な音はひとつもない。これは厳選された材料や優れた設計、高品質なパーツ類、丁寧な工作など、真面目な努力の積み重ねによってはじめて達成されるもので、みっちりと身の詰まった音がしている。こういうズシンとした音がでるピアノは日本のピアノではちょっとお目に掛かったことがない。だからこのピアノはどちらかと言えば重厚な曲、あるいは重厚な弾き方に向いているのかもしれない。
 
 さて、敢えて欠点とは言わないけれども、マロニエ君なりの個人的な希望を強いて言うと、全般的に音にやや荒さのあるざらつきを感じるので、もう少しキメの細かさ、繊細さがあればさらに守備範囲の広い良いピアノになると思う。音にパワーと密度感はあるけれど、甘く歌うような旋律感や微妙な色彩変化という点は少々苦手のようにも感じるがどうだろうか。
 一年ほど前だったか、このシゲルカワイのEX(コンサートグランド)を使ったコンサートにも行ったが、やはりまったく同じ印象で、以前よりパワーは増しているものの、やや荒削りで、音の色艶という原点に今一度立ち返ることが今後最大の課題ではないかと思った。
 体力はあるが、このいささか体育会系と言うべきピアノに、もうすこし文系の知的要素を取り入れるべきではないか。それが出来て、さらに以下の点を克服できたとき、このSKシリーズは名実共に高級ピアノの仲間入りを果たすものと思うのだが。
 
 その以下の点について言及すると、マークと譜面立ての形状、リムの内側に張られた化粧板の向きが垂直になるぐらいで、外観の基本デザインはほとんど普及品と同じという点も、いささか高級ピアノと呼ぶのに抵抗を覚える理由のひとつかもしれない。足とペダルの形状を若干でいいから格調高いものに変更して差別化やスペシャル感を与えたら、印象はガラリとかわるだろう。
 細かいことかもしれないが、RXシリーズからSKシリーズ、果てはボストンまで同じ足の使い回しのように見えるのはマロニエ君のようなピアノウォッチャーとしては、とても気になって仕方がない。どんなものでも言えることだが、立ち姿を人に見せるものは、サラブレットであれ車であれバレリーナであれ、みな足元(下半身)が美し
く締まっているだけで全体が驚くほど照り輝いて見えるものだ。いわゆる「七難隠す」というやつだろうか。
 世界の名器と言われるスタインウェイ、ベーゼンドルファー、ファツィオリなどはさすがにこの点はよくおわかりとみえて、それぞれに非常に気合いの入った考え抜かれた形状になっていて抜かりはない。高級ピアノに名乗りを上げるには音以外のこんな部分にも徹底的な拘りがほしいものだ。
 
 さらにもう一つ注文を付ければ、せっかくの素晴らしいピアノのイメージを台無しにしているのが、あの安っぽい少女マンガのようなロゴである。おまけに中央上にピアノの形をしたおもちゃのようなマークを付けているあたり、スタインウェイコンプレックスによる安直な発想がバレバレで、見ているこっちのほうが恥ずかしくなるし、こういうセンスの無さは目を覆いたくなる。
 なぜ従来通りのフォントで、普通に「SHIGERU KAWAI」あるいは「S.KAWAI」としなかったのか。ちなみに、コンサートグランドのサイドにもこれまでは似たような、まるで田舎の結婚式場かと思わせられる飾り書体で会社名がデカデカと描かれ、これがマロニエ君の知る限りでも甚だしく不評を買っていたものだが、最新カタログによるとこれが通常の真っ当なロゴに変わっているのは嬉しい驚きだった。やはり社内には見識ある判断ができる決定権を持った人がいたということだろう。さあ、次はこのSKシリーズを一日も早く誇りある凛とした文字に変更して欲しい。
 潜在能力としては非常に高いものを持ったピアノだと思うからこそ、こういうディテールのダサさがなんとも物欲しげで残念だし、こういう楽器本来の能力とは直接関係のないことがイメージ上の足を引っ張っていることは珍しいことではない。一流品の魅力というものは最後には全体から醸し出されるオーラでなくてはならないものだ。そのためには全方位へ向けた厳しい詰が必要だろう。
 
 マロニエ君がこの会社のオーナーなら、ここまで立派に、いわば9割がた出来上がった素晴らしいピアノを決してこのままにはしないところだが。