#36.スタインウェイは聴くピアノ(1)

 年々増していくと巷間言われる音質低下の囁きをよそに、コンサートの現場では依然として王者として君臨するスタインウェイ。世界には他にも素晴らしいピアノが多々あれども、このメーカーの圧倒的首位が揺らぐことはまだないようだ。数少ないライバルは一昔前まではベーゼンドルファー、現在はファツィオリというところだろうが、このメーカーの牙城を崩すのは容易なことではないだろう。
 その理由は何か…。マロニエ君ごときがそれを言い尽くすことなどできる筈もないし、それは当然ながら専門領域にも及ぶ課題となることは間違いない。
 だからやっぱりいつものようにマロニエ君の勝手きままなことを書き綴ることになるが、例によって営業サイドの事情は考慮せず、あくまで楽器としての話としたい。
 
 ヤマハの名調律家、村上輝久氏の著書に『いい音って何だろう』という名言・名タイトルの本があるように、「いい音」の定義もまことに多様で難しい。
 
 別項でも書いたように、ヨーロッパをはじめとする中小のメーカーには、本当に清純な美しい音のするピアノがいくつもある。それらのピアノに触れて、それぞれの音色や繊細かつ雄弁な表現力に包まれてみると、スタインウェイが必ずしも直截に音の美しい最高のピアノだとは思えなくなることがある。
 ただしこれには但し書きがつくのであって、あくまで「弾いている本人、およびピアノのごく側にいる人達の耳に届く音として」という前提が必要となる。逆に狭い部屋や至近距離で聴くスタインウェイは、むしろ雑音は多く、音や音域にムラや濁りがあり、ややもすると荒削りなピアノという印象さえあることは、このピアノに多少経験のある方ならおわかりだろう。その点では他のメーカーのピアノのほうが清らかでデリケートな音色、なめらかでコントローラブルなタッチ等をもっていたりする。
 時には日本のピアノでさえそのような優位性を感じさせる場面もないわけではない。
 
 ところが、スタインウェイにはもっと奥深い偉大さがある。このピアノの音色と特性が真価を発揮するのは、少なくともピアノから一定の距離をおいて聴く場合というのがマロニエ君なりの経験としてまずあげられる。つまり、ある程度の空間がこのピアノの性能発揮には必要だということだ。もう一つは、難曲や激しさを伴う曲に多く見られるような、たくさんの音が重なり合い、声部も多層的に重なってくるような込み入ったポリフォニックな作品の演奏、あるいは猛烈なフォルテや重低音が連続して容赦なく必要とされるときなどだ。こういう状況になればなるほど増してくる華麗と明晰の織りなす構築感、けっして音色やハーモニーが崩れたり濁ったりするることのない逞しさ、破綻を知らない強靱性、それでいて常に維持される品格。こういうものはスタインウェイ以 外のピアノではちょっとお目に掛かることのできない点だろう。また至近距離ではそれほどでもなかった音が、ひとたび曲として流れ出し、それを距離を置いて聴いてみるとあっという間に音楽的な美しいフォルムを形作るあたりはこのピアノの独壇場である。
 したがって、異論反論を覚悟で言うなら、例えば家庭の小さな部屋で、主に一人でピアノをゆったり弾いて楽しむような使い方には、スタインウェイというチョイスは決して否定はしないけれど、必ずしも最上の選択とはマロニエ君は思わない。
 
 独断を恐れずに言うと、スタインウェイはたとえ最小のS型(奥行き155cm)であっても本質的には人に「聴かせるためのピアノ」の末っ子であって、弾く人の快楽はやや二次的だと思える。そう言う意味では完全にプロのための道具といえよう。
 
 スタインウェイほど響きの空間を必要とし、音の伝達性を巧みに利用しているピアノはないと思われ、だからこそあの信じがたいダイナミズムと他を圧する表現の妙を持ち合わせているのだろう。しかもその設計は100年以上前にほとんど完成されていたというのだからただただ恐れ入るより他はない。
 さらに注目すべきは、その「響きの柔らかさ」にも大きな秘密があるように感じる。これは音の柔らかさのことではない。音の柔らかさは大雑把に言えばハンマーの硬軟に左右され、ハンマーが硬化すると音も硬くなり派手にもなるのは誰でも知っている。スタインウェイの場合はじめのアタック音が硬柔いずれであっても、そこから伸びていく音の響きや持続性そのものがたいへん柔らかで、曲線的であり立体的である。まるでしなやかに飛翔するホームラン球のようだ。
 これが演奏表現の大きな助けとなっているとマロニエ君は考える。言い換えるなら弾かれた音を音楽や芸術へと変換しているものは、この響きの柔らかさにあるのではないか。コンサートの聴衆としてスタインウェイに耳が慣れると、それ以外のピアノを使ったコンサートでは非常に音をうるさく感じることがある。もちろん決して音量のことではなく、おそらくは響きが固くて柔軟性がないために耳が疲れてくるのが次第にわかってくる。ほんとうに優れた一流品は、大自然の法則に適ったものであり、だから人を疲れさせないという共通点がどんなジャンル、どんな品目にでもあるように思える。
 コンサートが終わったとき、耳や気分が疲れると後味が悪く、まるで演奏者の罪のような気がするものだが、この点でもスタインウェイは最も安心できるピアノであろう。
 人に聴いてもらうことが商売のピアニストがステージでこのピアノを使うのは、ピアニストの理解がどれほどであろうとも、弾き手としてトータル的な性能を直感として感じ取っているからに違いない。そう考えると至極必然なのである。
 
 逆にスタインウェイ以外のメーカーの場合、たとえスタインウェイよりもさらに寸法の大きいコンサートグランドでも、ピアノのまわりでは勢いよく鳴っているのかもしれないが、スタインウェイのようにステージから客席へ噴水のように音が流れ飛ぶということは、経験的にまずない。
 
 ちなみにスタインウェイのD型は並み居るコンサートグランドの中でも、正確なサイズは小さい部類だというのはご存じだろうか。
 下記は現行型の世界の代表的な10台のコンサートグランドのサ イズである。
 
 奥行き:274cm、幅:157cm、重量:480kg(スタインウェイ)
 奥行き:275cm、幅:160cm、重量:500kg(ヤマハ)
 奥行き:276cm、幅:158cm、重量:500kg(カワイ)
 奥行き:278cm、幅:157cm、重量:590kg(ファツィオリ F278)
 奥行き:280cm、幅:160cm、重量:530kg(ベーゼンドルファー 280)
 奥行き:280cm、幅:159cm、重量:490kg(ブリュートナー)
 奥行き:280cm、幅:156cm、重量:490kg(プレイエル) 
 奥行き:282cm、幅:160cm、重量:535kg(ベヒシュタイン)
 奥行き:290cm、幅:168cm、重量:570kg(ベーゼンドルファー インペリアル)
 奥行き:308cm、幅:158cm、重量:690kg(ファツィオリ F308)
 
 これを見ても、スタインウェイが奥行きは僅かとはいえ最も短く、さらに大型のモデルが多々あることは一目瞭然だろう。
 ステージの覇王スタインウェイは、物理的な身体測定をすれば最も短く、最も軽量、さらには弦のテンション(弦を張る力)も最も低い部類であるという事実は驚きに値する。にもかかわらず、あの他を圧する強靱なパワーと華麗さを併せ持ったピアノである点では、かつての千代の富士のように、その強さや存在感とは裏腹に、実は小さな大横綱だという事実を知れば、ますますその優秀性を思い知らされる気がしないだろ うか。
 優れたピアノに最も必要なものは、何をおいても完全な設計であり、その設計に反せずに製造することではないだろうか。これなくしてはいくらボディは大きくしても『大男、総身に知恵の回りかね』となり、設計の完全でないピアノにいくら希少な材料などつぎ込んでも奇蹟は起こらない。
 
 スタインウェイのみの特長だが、例えばピアニストが集中して演奏しているところを至近距離で観察すると、それこそピアノ全身が電流でも通ったように僅かだが小刻みに震えているのが肉眼でもわかるときがある。とくにリムの材質が異なるニューヨーク製のほうにより顕著にこの特徴を感じる。これは他のピアノにはあまりない事のような気がする。
 
 マロニエ君はスタインウェイ以外のコンサートグランドにも様々に触れてみたが、さすがにこのクラスになると、どれもまず最上級の逸品であることは間違いない。しかし、スタインウェイに比べると「鳴り」のパワーと言っては平凡だから、あえて「鳴りの飛翔感」と言ってみるが、その点においては特段の感銘を受けたピアノの記憶は残念ながらあまりない。(続く)