#4.フレームで奏でるスタインウェイ

 先日NHKの音楽番組で、とある海外の合唱団の日本公演のもようを放送していた。
 みるともなしに見ていたのだが、しばらく合唱のみのパートが続き、その後にピアノの音が加わってきた。そのときの衝撃はいまも忘れられない。左隅に置かれたピアノはおなじみのスタインウェイである。
 この如何にも耳慣れた名器の華麗な音の正体がこのとき、咄嗟に理解できたように感じたのだ。しばらく合唱の声に耳が慣らされた後だった為に、ひときわ鮮明にその特徴を感じられたことと思うが、スタインウェイの音の核心はフレームにあるということがつくづくわかった。あの力強くて美しいスタインウェイの華麗な音色は、ほとんどフレームによってもたらされていると直感したのだ。

 昔からうすぼんやりと感じていたことではあるが、イメージとして、スタインウェイは響板品質に対し最上級の価値や執着みたいなものがあるようにはどうしても感じられなかった。もちろんピアノである以上、響板は大事でないはずはないけれども、他のメーカーほど神経質に響板を最重要視しているようには思えなかったし、そんな単純なことでスタインウェイのあの音色が生まれるとは本能的に思えないでいた。では何なのか。それはわからないけれども、全体の類い希な設計の賜物というイメージだった。

 巷間言われていることに、世界の三大メーカーの特徴として、ベヒシュタインは響板のみを鳴らし、ベーゼンドルファーはフレーム以外の木材すべてを鳴らし、スタインウェイはフレームを含めた楽器全体を鳴らすという言葉がある。もちろんこれは各メーカーの特徴を大雑把にわかりやすく表現した名言で、ある程度当たっているだろう。
 世界の名器といわれる楽器には、筆者などでは表現しきれないそれぞれ独自の個性や魅力があって、極上の素晴らしさを有していることは言うまでもない。

 しかし、スタインウェイだけは他のどのピアノとも異なる、他を寄せ付けない世界が完璧な形で存在していて、とにかくこれが大きな謎だった。ステージや録音の世界ではスタインウェイは圧倒的な覇者でありスタンダードであり、悪くいえば独占に近い様相を見せているけれど、ピアノ一般の標準という点からいうと、この楽器はきわめて異色の存在であるように思えてならない。

 それらの謎がフレームというキーワードによってわかりかけてきたように思える。
 スタインウェイの音の秘密は、例えていうならプリウスが電気とガソリンエンジンのハイブリッドであるがごとく、響板とフレームのハイブリッドピアノだとは言えないだろうか。それを100年も前からやっていたのであるから感嘆せずにはいられない。
筆者は素人なので専門的なことはわからないが、あのスタインウェイ独特の音色のざらつきもフレームによるものだと思える。そして弦を叩いて響板の発した音を、フレームが引き継いで空気中に増幅させていく。

 一般にピアノの音は、木の音を主体としたピアノは上品でやわらかくて、それだけでまるで何か最上のもののようにいわれるが、筆者にはどうかすると、木の音色に特有のある種の野暮ったさを感じることも少なくない。でも、自然とか木とかいうと、疑いもなく最上のものであるかのように言われる傾向が、とくに通人の間にはないだろうか。そういう人達は大抵スタインウェイ否定派である。
 また、これも個人的な印象だが、響板にこだわったピアノは中音などに、ふくよかでえもいわれぬ美しさと歌心を持っていることがある反面、どこか一本調子でお説教臭いところがあり、弾かれる作品に対する多面性がないことや、あるいは低音域はゴツンとかブワンといった不恰好な音色だったりすることがある。

 スタインウェイ以外にフレーム依存度の高いピアノといえば、わずかにグロトリアンとプレイエルを思い浮かべる。グロトリアンは先祖で繋がっているから当然としても、プレイエルのあの華やかさ、明るさの中に潜む悲しみ、軽快だが陰翳に富む音色など、その陰にはフレームが大きく介入したものだと感じるのだがいかがだろうか。
 ショパンのような圧倒的な洗練と、極限まで磨き抜かれ作品を、木の音のするピアノで弾いてもどこかミスマッチになるのは、理由がわかるような気がする。