#50.カワイこぼれ話

 先日のカワイのショールームで聞けた話の中から興味深いものや、マロニエ君がちょっと気が付いた事などを拾い上げてご紹介しておく。
 
《グランドの伸び》
 まず意外だったのは、国内では売れなくなって久しいと思っていたピアノだが、なんと、グランドに限っては販売業績は現在上がっているのだそうだ。もともとが売れないピアノ、わけてもグランドは昔からなかなか売れないものと相場が決まっていたが、それは過去の認識だったようだ。
 現在最も冷や飯を食っているのはかつての売れ筋の主役であったアップライトピアノ。その理由は、昔はピアノといえば、最低でもアップライトを購入する必要があったわけだが、その位置を現在は電子ピアノが根こそぎ奪ってしまったらしい。まずは安くて便利な電子ピアノを買い求め、しばらくそれを使った人の中からふるいにかけられて、本当にピアノが欲しいという意志を持つまでになった人は、子供のためであれ自分自身のためであれ、むしろひとっ飛びにグランドに行ってしまう場合が非常に増えてきているのだそうだ。
 これには本物を志向するという単純な動機もあるだろうが、ひとつには、ネットなどで著しく情報の発達した時代になったことで、グランドとアップライトでは構造上超えられない差異などもあるということを理解・認識しているということもあるのではないだろうか。また昔と違うのは、ピアノが大人の趣味としても浸透し、一台のピアノで子供の稽古事+大人の趣味の両方を兼ねられるようになれば、そのために使用する道具の価値も高まるという側面も生まれてきたのではないだろうか。
 そこで空洞地帯になったのがアップライト市場で、かつてはカタログを賑わせた多種多様な機種も、今は消音機能の有無等を別にすれば、基本型はわずかに6種類にまで絞られてしまったらしい。
 なるほど見渡せば、ショールーム内の数十台のピアノのうち、過半数がグランドであった。
 
《輸出》
 昔は生産量の70%が国内で販売されていたのに対し、現在では輸出が85%を占めるまでに逆転しているということだった。多少の誇張があるかもしれないが、輸出先はまさに全世界に及ぶらしい。以前からマロニエ君もカワイは海外でも人気があり、とりわけアメリカで評価が高いという話は聞いていた。
 また中国でもカワイ人気は大変なものらしく、北京オリンピックと同時期にできた北京国家大劇院という巨大なドーム型のコンサート/演劇の大規模施設では、20数台ものグランドピアノが納入され、そのうちの実に17台がカワイだったらしい。とはいっても、その選定基準が何であったかまではわからないから、これを単純にカワイの実力がもたらした結果だと100%信じ込むほどマロニエ君も子供ではないつもりだが、いずれにしろそれだけ納入されたということは事実のようだから、むろんピアノとしての実力も認められてのことではあるだろう。
 
 中国は現在、空前の経済発展を成し遂げている文字通りの大国だが、そんな成長に比例して、ピアノ人口も空前の規模となっていることはよく知られている。一人っ子政策の結果、子供は親の世代より格段に大事に育てられ、勢い文化教育にも力を入れており、ピアノ学習者の数も桁違いのものらしい。ランランやユンディ・リの出現は、そんな現象の中から生まれ出た、中国ピアノ界の輝ける出世頭の象徴といえる。
 その中国に点在する名だたる音楽学校の教授たちの間では、シゲルカワイが人気の的なのだそうで、多くの教授連中の愛器として盛んに使われているということだった。また諸外国では、日本国内より定価が高い上に、さらに高い関税が課せられているらしく、国内で250万クラスのピアノでも、海外ではおしなべて400万ほどになるらしい。あまつさえ国によってはもともとの平均所得が低いわけで、その高額ぶりはわれわれの想像を超えたものになるのだが、それでも人気というのだから驚くばかりだ。
 この点に目をつけて、海外から直接購入しようとするお客がいるようで、カワイにもダイレクトオファーがあるのだそうだが、それは現地の代理店やディーラーとの契約に違反するようで、いっさいを断っているとのこと。そのような事情もあり、日本在住の外国人が帰国時に個人の所有物としてピアノを持ち帰るべく、購入していくということもあるようだ。
 これはあながちウソとも思えないことで、振り返れば、昔はわれわれ日本人が、やれベンツだポルシェだスタインウェイだと、根の張る高級輸入品を正規輸入会社を通さず、個人輸入で安く手に入れようとしていた時期があったし、それをまた商売にする個人輸入代行業のようなものもちらほら見かけたものだ。実際、現在でこそ多くの輸入品は生産国との価格差はそれほど目くじらを立てるほどでもないまでに均されたが、昔は二倍三倍なんてのはザラだったから、高額商品になればなるほどそういう策を弄したこともあったようだ。
 余談になるが、マロニエ君が子供の頃、ある有名なピアノの先生が海外に居住する自分の弟子に頼んで地元ディーラーからスタインウェイを購入させ、タダで2年間使わせてから日本に送らせたらしい。というのは所有して2年経過すれば個人の所有品として認められ、無税で日本に持ち込めたからである。いささか浅ましいような気もするが、そんな手間暇をかける価値があるほど、無視できない価格差があったということだろう。
 
《シゲルカワイの価格》
 ついでながら価格の話をしておくと、SKシリーズではピアノ本体の高品質はもとより、購入後の専任者による質の高いメンテナンスなど、ピアノ本体とメンテシステムを合わせて提供するということもあって、いかなる場合に於いても、例外なく値引き交渉にはいっさい応じないピアノだそうだ。これはお客さんにとってなによりも安心できることだと、意味がよく飲み込めないこと(たぶん不公平がないという意味だろう)を力説していた。本当にそうだとしたら、それはそれでひとつの見識だと思うし、もともとが実体に対して良心的な価格なのでこれは頷ける。だいいち、ここから際限なく値引き合戦などしていては値崩れを引き起こし、ひいては品質低下を招くというスパイラルに陥ってしまう危険は大であろう。曰く、だから困るのは入札制度を有する販売形態のときらしい。
 笑ってしまったのは、かのブーニンもヨーロッパではシゲルカワイのユーザーらしいが、「ブーニンでさえ定価で買ったはず!」とのことだった。ブーニンといえば夫人は日本人で、たしか日本にも生活拠点があり、近年はファツィオリにべったりのご様子だが、そんな人がわざわざ値段の高いヨーロッパで定価のシゲルカワイを買うだろうか?…ま、深くは追求しないでおこう。
 
《キガラシ》
 SKシリーズを観察していて気が付いたのだが、響板の前のほうの低音弦の下あたりに「Kigarashi」という斜体文字が転写シールで貼り付けられている。ちなみにRXシリーズにはこの文字はない。店員さんに聞いてみると、はじめはマロニエ君が何のことを言っているのかさえわからなかったらしい。よく説明しても要領を得ないので、とうとうピアノの現物を指さして、ようやく質問の意味は通じたけれど、これがちょっと大変なことになった。
 社内の誰に聞いても意味がわからないようで、そもそもそんな文字があることすら誰も気が付かなかったらしい。右往左往を見かねて「もうけっこうです」と何度か断ったが、向こうも「いえいえ」と自分達の不勉強を恥じて意地になっているのか、一向に引き下がる気配がない。これはやっかいなことになったと思った。
 しばらく待たされた挙げ句、とうとう責任者のような雰囲気の男性が登場してきた。なんでも浜松の本社に至急連絡して問い合わせをして、ついにその回答を得たというのだ。なんとも有り難い話である。
 果たしてその意味は、Kigarashi=木枯らし、だそうで、これは5年間自然乾燥に供した響板の出自を意味するらしい。それを使うSKシリーズのみに印字され、世界中に輸出を前提としたピアノであることから、この言葉を敢えて日本の「カタナ」や「サムライ」と同様の、プライドを込めた日本語としてそのまま伝えようという狙いがあるのだそうだ。
 「キガラシ」とは、まるでスズキのオートバイみたいだ。そもそもマロニエ君は、木枯し紋次郎は知っていたが、木を乾燥させることをキガラシと呼ぶことさえ知らなかった。たいへん勉強になった。
 
《気になる点-1》
 これは書こうかどうしようかと迷ったことだが、ついでなので記しておく。
 鍵盤蓋にはスローダウン方式という機構が組み込まれ、蓋がバタンと閉まらないよう、今どきのトイレの便座のような安全装置が付いている。ところが、いったん蓋を閉めて再び開けようとしたとき手先に感じるその重量と蓋の厚みは相当のもののように思えた。いつもピアノに触れていると、無意識のうちに手先が厚みや重さを覚えているものだが、我が家のピアノと比較してもかなりあれは重いはずだ。
 あんなものが一気に子供の手などに落ちかかってきたらそれこそ大変だろう。おそらくはこの蓋の材料も木の屑を集めて固めたような人工木材の類か、あるいはまったくの樹脂の塊でも使っているのか、そこまでは定かではないが、いずれにしても人工木材の重さは、主にそれを固める接着剤の重さといわれるから、恐らくは木の屑と人工樹脂の中間のようなものと思っていいのではないだろうか。
 昔のピアノはすべて真っ正直に天然の木材を使っていたので、大屋根でも鍵盤蓋でも、現在のピアノと較べると肩すかしをくらうほど軽いが、そちらがピアノとして本来のあるべき姿であることはいうまでもない。まあこういうことは現代の量産ピアノの場合、コストのほか環境問題などの絡みもあることなので、ある程度はやむを得ないとして理解できるが、やりすぎない節度だけはせめて失わないで欲しいものだ。
 
《気になる点-2》
 はじめに見た中古のKG-3の、フレームやフェルトの色彩のセンスや美しさからすると、現在のカワイのフレームのくすんで濁った灰汁のような金色は、どうみても野暮ったくて仕方がない。SKシリーズではさらにくすんだ色調の赤いフェルトを「意図的に」使っており、この組み合わせときたら、およそ美しさとか品格というものとは程遠い、見ているだけでどんよりした落ち込んだ気分になる。まさに田舎の洋品店のコーディネイト並だ。カワイにもきっと色彩や造形の専門家はいるはずだろうに、なぜあのようなむさくるしい色に決定されるのかまったく理解に苦しむ。「それは貴方の好みであり、貴方の主観では?」と言われそうだが、好みもなにも、良くないものは断じて良くないのである。
 さらにRXシリーズになると、SKとの差別化の意味もあるのだろう、フェルト類は黒になり、その暗い雰囲気はまるで中高生の学生服のようだ。ピアノに黒のフェルトというのはまったく例がないわけではなく、例えばドイツのシンメルなどは黒のフェルトを使っている。しかし、そのかわりに黒のフェルトが意味を成し、色調として収まりがつくように、フレームの色には赤みのある微妙な色合いのものが配されて、色彩的にもバランスがとれるよう心配りがなされている。
 どうも現在のカワイのフレームの色は、まるでおでんにつけるチューブ入りの和辛子などを連想させ、センスのない発展途上国が作った三流品のようで、あれは早急にどうにかならないものか。私見だが、すべての楽器には演奏するだけでなく、目を楽しませる要素が不可欠である。とくにピアノは外観デザインもさることながら、中を覗いたときの弦やフレームなどは見る人に美しさや気品、優雅さなど作り手の美学を感じさせる必要があるはずだ。
 その点では現在のヤマハのフレームは非常に美しい明るいブロンズ色で、フェルトやボディ内側の化粧板などとの調和もきちんと取れていて、個性はないけれども、手堅くまとめているのはさすがと言うべきだ。
 
《気になる点-3》
 これも直接音に関わることではないけれど、商品構成および価格帯としては、ほとんどのモデルが拮抗しているかに見える最大のライバルがヤマハだろうが、明らかにカワイが劣っていると思うのは、作りのていねいさや見た目の有無を言わさぬ品質感だ。ピアノの第一の本分である音を別にして、ただの無機質な工業製品としてみるなら、ヤマハはキッチリと隙なく見事に作られていて、そこには一種のありがたい感じさえ滲み出ているが、カワイはその点必要以上のものは見受けられず、高級品質という意味ではいま一歩という感じだ。それが具体的にどこがどうということより、もの作りというものは細部のデザインやクオリティの集積によって、はっきりとその差は製品の佇まいにも現れるものだから疎かにはできない。その点ではヤマハはとりあえず量産品としてはどこからも文句の出ない高い次元に達しているのは大したものだ。
 それにひきかえ、カワイは上質感がもうひとつ足りず、作り込みに精密感と深みがなく、どこか量産品然とした安っぽいところがあるのが残念だ。ではカワイの作りや品質が悪いのかといえば決してそうではないけれど、見るからに美しい品質感や組み付け精度の追い込みが足りないのが正直にそのまま表に出てしまっているのは間違いない。カワイのそういう鷹揚でぼんやりしたところが、ある面ではカワイの良さにも繋がっているのだろうとは思いたいけれども、単純にユーザーとしてはこの点でヤマハの後塵をあびるのはおもしろいことではない。楽器としての音色や音楽性では勝っていると思えるだけにこの点は非常に残念だ。驚いたのは、我が家のGS-50は製造から20年以上経過したモデルだが、そのころからクオリティがほとんどなにも変化していないように見えることで、普通ならこれだけ時の隔たりがあれば、著しいテクノロジーの発達によってなにか変わっていそうなものだが、変わったのは新素材の採用範囲だけか。
 
《結びに》
 いろいろと思うところを書かせてもらったが、マロニエ君としてはカワイのピアノには、いささか大げさだけれど日本人として誇りと好感を持っているし、心情としてもきわめて贔屓にしている。だからこそ実際に自分で所有して毎日使っているわけでもある。今後のさらなる成長には大いに期待しているということはわかっていただきたいものだ。