#62.ピアノビジネスの変化

 夏の終わりに、これまで一度も訪れたことのなかったあるピアノ店に行ってみた。
 ここはホームページで見る限り、その品揃えや雰囲気が個性的とまでは言わないが、ちょっとした特徴のようなものがあるようなインスピレーションを感じていた。以前から一度は行ってみたいと思っていたが、なかなかその機会がないままに時ばかりが過ぎ、この店を知って実際に行くまでにたぶん5年ぐらい経過していたように思う。
 
 ホームページによれば珍しい銘柄のグランドや、「仕上げ中」と但し書きされたものがあったりと、そこには一定の「技術」がはっきりと介在しているようで、なにかそそられるものを感じていたが、実際に行ってみるとマロニエ君が常にお目当てにするグランドは、折悪しく一台しか置かれていなかった。
 店は立ち並ぶ倉庫の一角をピアノ保管所兼事務所兼店舗に改造したような作りで、アップライトのほうは相当の数があった。初めての店でもあり、礼儀上あまりキョロキョロと詳しくは見なかったが、奥には工房とおぼしきエリアがあり、あきらかに職人の仕事場という気配が見て取れたので、日夜そこで様々な作業が執りおこなわれているのだと思われる。
 
 対応に出てこられた方はたいへん感じが良く、妙に気負ったところや売れよがしなところは微塵もなく、いかにも穏やかで好感の持てる自然な接客であったのはこちらにとってはまことに有り難いことだった。店によってはとにかく売ることにしか興味がないような露骨なやり方をするところもあり、そういう店はほぼ間違いなく技術はないがしろにされているとマロニエ君は経験的に思っている。
 
 さて、その人の話によると、最近のピアノの商売は、新品も中古も、以前に較べるとずいぶんやり方に変化が起こってきているということだった。業界も厳しい社会の実情に合わせながらなんとか踏ん張って商売をやっているという事が察せられる。
 
 まず最大の変化はメーカー自体が在庫をほとんど抱えなくなったということだった。
 ディアパソンなどはその最たるもので、通常のカタログモデルでも注文を受けてから製造にとりかかるらしく、どんなに早くても2?3ヶ月先の納品になるらしい。とくべつ自分のカスタム的な希望等がある場合は、これ幸いにその旨注文すれば製造段階で反映できるだろうから好都合かもしれないが、まずものを見て、弾いて、あれこれと迷い、確かめながら購入の決断に至るというようなことはもうできない時代を迎えてしまったことを悟らされる。昔ながらの、いろんなプロセスを経ながら購入に至るというところにもちょっとした情趣があったものだが、今ではピアノ購入もすっかりドライな世界になってしまったようで、寂しい気がするのは拭いようがない。
 そもそもピアノを買うということは、買う側にとっては効率とかドライな割り切りというようなこととは対極にあるところの心の作用から欲することだと思うのだが。だからそれを逆手にとって、手作りピアノ風に注文から生産という流れと時間を楽しむことができればいいのかもしれないが、それはディアパソンに限ってのことで、ヤマハやカワイでは必ずしもそうはいかないだろう。
 
 そのヤマハなども、効率という面では似たような傾向があるそうで、福岡の場合はショールームで全機種の試弾はできるけれども、見えないところで経営のダイエットが着々と進んでいるようだ。以前は福岡にも、ある場所に在庫の保管所のようなところがあって、各モデルがストックされていたそうだが、今はそういうことはなくなったという。おそらくは注文の入ったピアノだけを無駄なく工場から送り出すという効率重視の方法なのだろう。
 幸い福岡にはヤマハもカワイも全機種の試弾可能なショールームがあるからまだいいが、これはあくまで全国の主要都市の中でも、わずか5ヶ所前後というごく限られたエリアにしか存在していないのが実情だ。
 
 流通機構の発達により、ピアノのような大きなものでもきわめて迅速確実に全国各地へ届けられる時代だから、まずは在庫というリスクを含んだ無駄を省くということなのだろう。だが同時に、そういう方法を採らざるを得ない今時のピアノメーカーのせっぱ詰まった台所事情が伺えるようでもある。
 
 個人経営の販売店も、昔は在庫というか展示品というべきか、とにかく店にピアノがあって、あれこれ試弾などが可能だったが、いまは世の中全体が不景気のせいなのか、ピアノ販売のビジネスそのものが冬の時代なのかはわからないが、とにかく経営側は在庫という売れる保証のないものを抱え込むことを非常に嫌がるらしい。仕入れをしても適当なペースで売れていけばいいが、場合によっては2年3年と在庫として抱えこんでしまうケースもあるそうで、そうなるとその間、商品が換金できないばかりか、ピアノはそのぶん古くなるため、とくに新品などは必然的に価格が下がっていくという。もし仮に弾かれていない事実上の新品であっても、2年3年と経過したピアノが新品価格では売れないのは当然だから、そういうリスクを極力避けるような風潮がぐんぐん広まっているようだ。
 
 たしかに経営サイドから言わせると、このようなムダの排除は当然の帰結かもしれないが、購入者からすればなんとも味気ない灰色の世の中になってしまったことは間違いない。だが、業者側は死活問題を前にしてそんな悠長なことは言ってられないということだろう。
 本来ピアノ店にはピアノがひしめいてこそピアノ店であるはずだが、そこには厳しい社会事情が立ちはだかってギリギリの経営を迫られ、昔のよう楽器店といえばどこか文化的で余裕のある、落ち着いた店作りや運営はやっていけないということが察せられた。
 
 しかし、そうはいってもピアノはれっきとしたアコースティック楽器なのだから、それに相応しい売り方買い方というものがまだありそうなもので、注文があってから製造するとは、お客がよほどその楽器のことを知悉していればともかく、あれこれと弾き比べてから気に入ったものを購入したいという購入者側の至って正当な要望はどうなるのだろうかと思ってしまう。もし試弾もしないで注文し、ピアノが家に届いてから「こんなはずではなかった!」などということになったらどうなるのだろう?
 
 大手メーカーのセレクションセンターの類は、たとえ同一機種でも楽器には一台ごとに個性や個体差があり、だから購入者がわざわざ出向いてその中から好みの一台を選び出すという主旨から設営されているのだろうが、そのためには浜松などに出向くしかない。だがそこまでする本格派も決して多くはないだろうし、普通はただカタログを見てメーカーと値段とサイズで決めることになり、これではまるで通信販売のようなものに近いという印象しか抱けない。たまにピアノの先生が浜松まで行って選ぶなどという尤もらしい話を聞くことがあり、あれにはつい笑ってしまうが、まあその話は今回はやめる。
 
 仮にショールームで試弾して気に入ったピアノが見つかっても、そのピアノそのものではない、まっさらの同じモデルが届くだけだから、逆にそういうことが好きな人には歓迎かもしれないが、ピアノの場合はそうではない人も現実には多いのではないかと思うし、多くはやむなくメーカーの販売システムに大人しくしたがっているというところだろう。
 
 車の世界ではピアノよりも早い時期にこのようなシステムが採り入れられるようになったが、それでもどこかのディーラーに行けば試乗車はとりあえずあるわけだし、車は純粋な工業製品だから問題ないが、ピアノではちょっと馴染まない面もあろう。だがこれも、ご時世ならば仕方がないというべきか…。
 モノでも部品でも、必要なときに必要な場所へ必要量をシステマティックに届けることで、在庫という非効率を排除したのは、マロニエ君の記憶が間違いでなければ、たしかトヨタが考え出した方法ではなかっただろうか。トヨタは生産現場でまずこの画期的な手法を採り入れたというか、編み出したメーカーで「トヨタ方式」などという呼び名まであったように記憶する。
 それがあっという間に世の中全体に広がった。
 もう少し車の話を続けると、最近はどんなに些細な故障でも、ディーラーが部品をストックしているということはまずない。あるのはせいぜい電球か、オイルフィルターぐらいのものだろう。故障が発生して、問題箇所が特定できると、型式と車体ナンバーから割り出された該当部品がパーツセンターに発注され、そこから全国のディーラーへ出荷されるというシステムなので、ユーザーはひとつの故障が完治するまでに数日車を預けるか、何度もディーラーへ足を運ばなければならなくなった。部品の発注から到着まではだいたい3日かかるが、現在は日本中がこういうシステムのもとに動いている。
 
 ピアノの話に戻る。
 今回行った店には、グランドが多数あるようなホームページの記載だったが、この点は意外な話を聞いた。ここにも近ごろなにかと話題の中国の影がでてくるのだが、多くの日本製の中古グランドは、最近は中国などの市場で高級品として大変な人気らしく、かなりの高額で取り引きされているらしい。そのせいで中古グランドはどんどん中国に流れて、買い取り価格が上昇しているとのことだった。
 需給バランスの原則通り、仕入れの話があっても輸出業者のつける価格のほうが高いことがしばしばなんだそうで、いわゆる普通のピアノ店の買い取りに見合う価格をオーバーし、最終的な販売価格を考えると、とても利益が見込めないような価格で取り引きされてしまうので、必然的にグランドの入荷が極めて少なくなってしまったらしい。
 
 この日一台あったグランドは逆に中国製で、日本の大手の有名楽器店だけで扱う特種ブランドのピアノだった。ちょっと触らせてもらったが、まあ普通というか、基本的にはそこそこの中国ピアノという印象を免れることはなかった。これを整音・整調によってより良い状態に仕上げるようだが、店の人の話では、ひとくちに中国ピアノといっても実に様々で、おおむね上位4位ぐらいまでのメーカーなら、最近はかなりいいモノを作るようになったらしい。それはマロニエ君もそうだろうと思う。
 
 逆にそれ以下のメーカーのピアノはグッと品質が落ちるそうで、その差が激しいのも中国ピアノの特徴のようた。
 ちなみに、別項で書いたウエンドル&ラングのことを聞いてみると、あれはなかなか良いピアノでこの店も何台か販売経験があるとのことだった。やはり本社はオーストリアで、生産は中国のハイルンピアノ。ここは中国ピアノの中では材料材質も比較的いいものを使っているらしく、どうやら一定の評価ができるピアノのようで、コストパフォーマンスではかなり高い評価をしている様子だった。
 
 だったら、ぜひ弾いてみたいのだが仕入れをされる予定はないのかと聞いてみたところ、まったくないわけではないが今のところ具体的な予定はないということだった。それは、浜松にあるウエンドル&ラングの輸入元も、上記と同じような事情を抱えているらしく、昔のように大量にドカドカ仕入れをするというようなやり方は今はないのだそうで、常に注文とそれに準じる販売の見込める安全な数しか輸入していないらしい。
 しかも、他のこの手のピアノと同じで、基本は悪くなくても、出荷調整がよくないために、輸入したピアノはすべて輸入元の責任で再調整してから販売に供するという手間暇がかかっているらしく、だから台数にも制限があり、小さなピアノ店にまで展示品がまわってくるという数量的な余裕が激減しているという。
 
 グランドに引き換え、アップライトはずいぶんな数と在庫があったが、中国ではアップライトはご所望ではないのだろうか?まあ中国は日本と違って、何事においても大きいもの豪華なものが単純無条件に好きだから、ピアノもグランドが求められるのかもしれない。中国は車もエンジン(排気量)は小さくてもいいから、とにかくボディは大型で立派で豪華でなくては売れないという。この感覚で行けば、音もさることながら、グランドピアノという形状とメーカー名がステイタスシンボルとして求められるというのもじゅうぶん考えられる。
 
 話は戻るが、今は日本でもグランドのほうがもともとの数が少ないこともあるだろうが、風潮としても値段は高くても確実に売れていくようで、同様のことは以前カワイの営業マンの話でも聞いた記憶も新しい。やはりアップライトは、より安価で便利な電子ピアノから常に市場を食われているということだろうし、あえて生ピアノを買うとなると、一気に本物志向が働いて、置き場所が許す限りグランドというようなニーズもかなりあるようだ。
 現代社会はニュースを聞いても新聞を読んでも、「二極化」という言葉がさかんに使われているが、ピアノも電子ピアノか、いっそ本物なら思い切ってグランドという二極化現象が起こっているのかもしれない。
 
 この店の人の話を聞いたあとに気が付いたけれど、そういえば近ごろのようになんでもかんでもデフレでモノの値段が下がっている時代だが、グランドピアノの値段は一向に下がらないようだ。いや、下がらないどころか、わずかずつ上がってきているようにも感じるがどうだろうか?
 新品もずいぶん高くなり、中古はそれに比例しているのか、単なる需給バランスの問題かは知らないけれども、中古グランドは以前よりも高値安定という気がする。そういえば別の技術者の方も、やはりグランドは物がないしあっても高いからなかなか仕入れが難しくなってきたという話を聞いた覚えがある。
 何年か前なら、販売価格は安いものなら30万円台からあったグランドだが、今は50万円以下なんてまずないし、おしなべて80万前後が中心。ちょっと程度が良いものになると100万円を越えるものもゴロゴロしている。
 ネットオークションなどをみても、安いものは本当にもうホコリまみれでガタガタの、どうしようもないようなものしかない。しかも新品がかなり高くて、しかも大量に売れるものではないから、中古市場のタマ数が増えるということもないのだろう。ここ当分はこの状態が続くとしか思えない。
 中古のグランドを狙っている人は、これはと思うピアノに出会ったときは、つべこべ考えずに早く買ってしまったほうがいいのではないか。今後はより手に入れるのが難しくなることが予想される。
 
 その根底には、上記のように中国などへ日本製のグランドピアノが大量に流れるという現実も大きく関係しているように思える。尖閣諸島周辺のガス田開発をはじめ、アジア各地での資源獲得、あるいはアフリカ各地で繰り広げられる中国によるエネルギー利権の争奪戦同様、ほしいものはなんでも中国マネーによって根こそぎ持って行かれるとしたら、なんともおそろしいことだ。
 
 同時に欧米ではクラシック音楽への価値や憧憬が以前よりも薄くなり、かつて世界のトップに君臨した数社のピアノメーカーは、最高水準の品質と伝統を背景に、少数の高級品だけを恭しく作っていれば済む時代ではなくなった。その打開策が廉価モデルをラインナップすることで広範囲の顧客を囲い込み、より安定したビジネスを展開しようということのようで、似たような傾向が各メーカーに広がりつつある。これが思惑通りの結果を上げているかどうかはマロニエ君の知るところではないが、なんとなくそれほどのものでもないような印象がある。おそらく世界の一流メーカーはお客の心を掴むだけの廉価ピアノを作ることは得意でないような気配がある。やはり餅は餅屋というところか。
 逆に、安価なわりには高品質なピアノを大量生産することによって、世界のピアノビジネスの地図を塗り替えた日本の二大メーカーの躍進にも翳りが見え、この分野では中国や韓国のメーカーに押し出されるかたちで図らずも高級メーカーへとシフトしたように見受けられる。
 かつて築き上げた信頼性やメイド・イン・ジャパンの高品質を裏付けとしながら、より高級機種の投入などでイメージアップを図り、高級ピアノブランドへ参入する以外に進むべき道がないといった気配で、これは欧米の老舗メーカーが普及品を作ることと、まったく逆の現象のように見えながらも、終極的には類似した目的のために奮闘しているだけのように見える。
 
 幸いにも日本の二大メーカーは世界的にも知名度が高く、メイド・イン・ジャパンへの信頼は最高ランクの評価を得て、もはや信仰に近いものがあるから、その点では中韓のメーカーとは条件が違うだろう。追い打ちをかけるようにショパンコンクールでは史上初ヤマハを弾いたユリアンナ・アヴデーエヴァが優勝し、カワイも大いに健闘したから、ブランドとしてはじゅうぶん以上に認められていると言えるはずである。
 優秀な日本人が本気になれば、世界のトップクラスのピアノを作ることは不可能ではないし、すでに相当のところまで達成できているともいえるが、問題は真の頂点に立つための残りの数歩だろう。
 これこそが何の世界でも、最も難しいところであるのは異論を待たない。
 
 日本が最高品質のピアノを安定的に作るようになれば、他の外国メーカーもうかうかはしてられないわけで、それによってさらに高い次元を目指して互いの切磋琢磨がはじまれば、それはそれで素晴らしいことだと思うしピアノファンとしてはわくわくすることになりそうだ。