#7.ファツィオリを聴いて

 ファツィオリ使用の演奏会に行って来た。
 モデルはF308という、同社のフラッグシップたる最大のモデルだ。
 前半はごく近距離で、後半はホール中央席で聴いたが、結論から言うと残念ながらマロニエ君の好みのピアノではなかった。
 何枚か手許に持っているファツィオリ使用のCDを聴いて感じていた事が、実演でもあまりにそのままで、ややマイナスだった印象が好転することはなかった。CDの音なんぞはアテにならないと力説する人が多いが、一定の技術のもとに録音された物なら、後からどんな色づけや編集をしても、楽器の実像は変えられないことも併せて確認できた。CDで感じていた疑問は疑問のまま、違和感は違和感のまま、ステージ上の現物ピアノの発する生の音で確認できたのは、いちおう納得できたということにはなる。

 ファツィオリは今や世界屈指の高級ピアノ市場に名乗りを上げ、短期間で高い評価を得るに至ったようだが、実際に聴いてみて、これが今ヨーロッパで大絶賛の、現代最高峰の超高級ピアノ!…となると、マロニエ君はちょっと疑問が残る。

 まずは開演前に調律師が出す音を聴く。中高音などを単発で聴くぶんにはなるほど甘やかな伸びのある音が聞こえるし、低音は広大な響板と長い弦の作用か、豊かに湧き上がるような響きを持っている。

 しかし、ひとたび曲になると、なぜか一本調子で退屈する。ピアノが音楽を雄弁に語れず、音もしくは音の飛び方に開放感がないので次第に息苦しさを感じてくる。音色は現代的な明るめの音だが、正直言ってマロニエ君の耳には音色から来るこの楽器の個性がわからなかった。これぞファツィオリの音というべき個性がどこにも感じられず、制作者がどんな音色や響きを理想としているのかも、わかる人にはわかるのかもしれないが、残念ながらマロニエ君にはわからなかった。スタインウェイとヤマハを混ぜ合わせたような音にしか聞こえない。

 材料などはすべて最高級とされるものが使われている由だが、単純な意味での贅沢感みたいなものは確かに感じなくはなかった。ただし料理やお菓子などでもそうだが、最高の素材を使ったものというのは確かにそれなりに美味しいかもしれないが、どこかしら素材に依存しすぎて全体がバラバラな印象があり、一つの作品としての収束性に乏しくて一種の虚しさが残る。ピアノに限ったことではなく、少なくともマロニエ君は最高のものずくめというのが、却って貧しさの裏返しのような気がして抵抗感を覚えるし、その手の世界特有な鬱陶しさを感じる。
 素材が大事じゃないとは決して言わないが、もっと別の要素、例えば作り手の狂気に近いような感性のほとばしりや、目から鼻に抜けるような技の冴え、危ういところでほとんど奇跡のように保持される天才的なバランスみたいなものなど、尋常から突き抜けて高みに達した何かが欲しい。超一流の楽器とはそういうものだとマロニエ君は思っている。

 素人の私がこんな事を言うのもなんだが、ピアノにとって第一に大切な点は、基本設計そのものではないかと思う。それがあってこそ材質や工作の質の高さも生きてくるような気がするのだが。

 ファツィオリを聴いていてまず率直に感じることは、わくわくさせるものがない点だ。その原因の一つが、全域にわたって、音色の変化があまりにも無さ過ぎる点ではないだろうか。これを技術者サイドではムラがなくて素晴らしいと言う人もいるだろうが、マロニエ君の耳には、とりあえずきれいな音が上から下まで順番に並んでいるだけで、ぜんぜん面白味がない。
 遊び好きで、太陽と情熱の国イタリアにしては、ずいぶんとお堅くて慎重な優等生だ。とりわけ音楽的な躍動が感じられないし、音色の変化や陰翳の乏しさは、まるで何を演じても芸の変わらない俳優のよう。これならば、長年この点で非難され続けた日本のピアノに対する評価は何だったのだろうと思う。なのに、ファツィオリの話となると、誰も彼も別格扱いして褒めちぎるのは、ちょっと不可解である。
 素材、手間、工作、制作時間など、いわば工芸品として見れば、ファツィオリは最上級の商品なのかもしれないが、楽器としてのピアノの本分には、他社の幾つかの世界的メーカーのピアノには未だにすごいものがある!とあらためて感じた。

 ファツィオリはマスコミにもよく登場し、作りの豪華さや金メッキのパーツ類など、音以外の部分でも高級品としてのわかりやすさを持っており、多くの美しい宣伝写真やロゴデザインなど、人の耳目を引き寄せる話題には事欠かない。
 ことにイタリアと言えば誰知らぬ者のない芸術の国であり、ピアノ発祥の国。かのストラディヴァリウスはじめクレモナの名匠達がいた国、ミケランジェロからフェラーリまで、とにかく超一流のありがたい要素が無尽蔵に揃っているわけで、極東の島国とは違ってイメージは作りは思いのままだろう。
 そういう背景を前に、この現代に敢えて100年前のピアノの黄金時代そのままのような工法と厳選された貴重な材料によって少数生み出される理想の超高級ピアノ。響板はストラディヴァリウスと同じ地域で取れた貴重な木材云々。現代人は、このようなローテクづくめのエピソードには案外抵抗力が無く、コロッと参ってしまうところがある。私の知り合いでも、ITやハイテク関連の人達に限って、やたらに古い車やカメラや真空管などを有り難がり、崇め奉っているのである。

 終演後にステージ上で見学のチャンスが与えられたが、ボディ外板の内側に貼られたこれでもかといわんばかりの贅沢な木目装飾など、好きな人にはたまらないものがあるのだろうが、マロニエ君にはちょっとやり過ぎの成金趣味のように見えた。
 すこぶる美人で、大層なセレブらしいが、どうにも表面的で好きになれない女性。
 マロニエ君にはファツィオリはそんなピアノのような気がした。