#78.車検のように

 マロニエ君はこんなホームページを作るぐらいだから、さぞかし自分のピアノには万全を期しているだろうとご想像の向きもあるかもしれないが、実はそれほどではない。
 もちろんまったくの無頓着ではないし、自分のピアノのコンディションは良好であって欲しいと願う気持ちは大いにあるけれども、そのために日頃から万全の状態を維持すべく最高を目指しているのかといえば、そのようなことはない。いうなれば「そこそこ」という程度に過ぎない。
 
 もちろんピアノ管理の基本ともいうべき温湿度の管理には留意しており、日に何度か湿度計のチェックはするし、年中除湿器はスタンバイしている。補助的にダンプチェイサーなどの器具も取りつけているのは以前も述べた通りである。
  しかし、それは現実的妥協的に好ましい結果が得られればそれに越したことはないという程度のことで、意識的に過度なこだわりは持たないようにしているのである。ひとつにはピアノのコンディションで最高を目指そうなど容易なことではなく、マロニエ君ごときがそんな思い上がった目標を持てるはずもないというわきまえぐらいは持っているつもりだ。
 
 というのも、もしそれを追求しだしたなら、それは決して甘い道ではないだろう。その領域に足を踏み入れたが最後、ピアノに対して気の休まるときはなくなるだろうし、ほがらかにピアノを楽しむ精神的余裕は一気に奪い取られることは目に見えている。だいいちそうなったら、ピアノの状態を万全に整えれば整えるだけ、当然自分の拙い演奏技術の問題を切り離すことはできないばかりか、部屋の音響の問題やらなにやら、際限なく諸問題が関連して否応なしに発生してくるわけで、そんなことに立ち向かうだけの意志力も体力も経済力もないからはじめから降参しているわけだ。そのような精神的消耗戦を本能的に避けるべく、その点では自分の中の安全弁がなんとか稼働しているのだろうとも思われる。
 
 音やタッチに限らず、物事の最高を求めるということは、半端なことではない。行き着くところ楽しみではなく不満と苦闘の連続になるわけだし、同時にそれは自分には分不相応な要求であり、マロニエ君はとてもじゃないが自分がそんな求道者ではないことは自分が良く知っている。さらにはこれを追求し出すと、どうあがいても自分の求めるものなど手に入りっこないものだ。結局どんなピアノでも気に入らず、どんな技術者でも満足は出来ないし、ついには終わりがないのだから、最終的に音楽やピアノを楽しんでいる時間なんてないだろう。
 
 聞くところでは、最高とされるピアノを購入し、あらゆる妥協を廃してこれに挑むも、どうにも納得がいかないというぬかるみにはまったような状況の連鎖に落ち込んで苦しむ人もいるというのは何度か聞いたことがある。何人もの一流技術者を呼び寄せても尚、望むような結果は得られず、あげくはピアノそのものを買い換えるなど、傍目には道楽三昧のように見えても、本人してみれば大変な苦悶の連続となるのである。
 
 趣味道においてこんなことを言うのも憚られるが、せっかく大枚をはたいたあげく、そんな苦しみの道に突入するなどマロニエ君はまっぴらである。だから自分のピアノで最高を求めるなどという自分の分際を超えた幻想を抱くことは厳に慎んでいるわけである。
 こういうわけで、あくまでも現実的な範囲内で自分のピアノができるだけ弾いて気持ちの良い状態であって欲しいとは思うのがせいぜいで、普通に高水準と思われる調整を、できるだけ優秀な技術者によってやってもらったら、もうそれで充分なのである。
 
 さて、マロニエ君は国産ピアノと輸入ピアノの2台を使っているが、後者のほうはタッチに不満を抱えていて、それが慢性病のようになかなか解決できないでいた。そこで長年お世話になった技術者の方には申し訳ないけれども、医学でいうところのセカンドオピニオンのごとく、別の技術者の意見も聞いてみたくなり、敢えて別の技術者に診てもらうことに踏み出した次第である。
 それからの技術者の方々との具体的な経過は書いても無意味なので割愛するが、現在の技術者によって非常に好ましい結果をあげることができて、ひとまず満足を得て、ようやく目標の山をひとつ登ったというところだろうか。
 
 この調律師さんは、コンサートやレコーディングはもちろんのこと、いわゆる海外の有名コンクールなどの経験も豊富ないわゆるコンサートチューナーで、いささか畏れ多い気もしたが、結局この方に昨年秋のひと月の間に3回ほどお出でいただくことになった。
 
 はじめの2回は主に各所の入念な点検とタッチ調整、そして最後には調律と、都合8時間ほどを費やしておこなってもらった。主には懸案であった重いタッチの改善を主目的に取り組んでいただき、そこを中心としながら各所の附随する諸々の点検・調整となる。
 まずはキーの重さの測定から。その結果、キーが重いことは客観的な数値にも表れており、どういうわけか大半が50gをオーバーしていて、これでは弾きにくいのは当然である。
 とりわけ中央部における基準が49gであるべき35鍵ほどは、僅か一箇所をのぞいてすべて大きく基準をオーバーしており、わけても13鍵ほどは50g台後半であったのだから驚かされた。
 
 キーの重さは基本的にハンマーの質量と、それに対応してキーの側面から埋め込まれた鉛の重さとの相互関係、あとは打鍵からハンマーの跳躍に至るアクション内のさまざまな摩擦や関節の健全かつスムーズな動きなどがこれを決定するようだ。
 診断の結果、特段の大きな問題がないことから、まずは各所の細かい点検となった。最終的に鉛の重さの変更(追加)によって調整することも視野にはあったようだが、それはいちおう最後の手段というわけである。というのも鉛を重くすれば、そのぶん軽くはなるが、キー自体が重くなっただけ返り(沈んだキーが元に戻ろうとする力と速度)が鈍くなるので、俊敏性を犠牲にするというマイナス面があることは忘れてはならない。
 
 あとから聞いたことだが、このときやったことは、要するにホールのピアノが年に一度受ける保守点検のようなものだったらしい。
 ホールの場合は通常2日間16時間をかける行われるようだが、今回はその要点のみ半分の時間で行ったということになり、積み残した課題は次の調律のときに着手するという家庭向きのプランを立てていただくことになったのはありがたかった。
 
 88のキーの重さを測定し、そのすべてを記録。それを記入するための一覧表のようになった用紙まで準備されており、この方はいつもこのようなやり方でご自分の手がけるピアノのはじめの状態と、仕事の結果がどう変わったかを数値による記録としても残されているようである。
 
 そういうわけで作業開始からしばらくは、ほとんど音のでない作業が延々と続くことになり、各部各所の点検と調整が主な作業らしい。
 2日目、一通りの点検作業がようやく終わって再び一斉測定となったが、すでにこの時点で大幅な改善がなされていることが明らかで、キーによって多少のばらつきがあるものの、軒並み数グラム軽くなっていることが判明した。特筆すべきは、これらはすべて各部の動きの滑らかさなどを追求することで達成された結果だということだろう。
 
 それでもまだこのピアノの標準よりも若干重めで、こうした一覧表を作ると、作業前後の変化が一目瞭然だから、ただ感覚中心に仕事をするだけでなく、データを取るということは変化の経過が捉えられ、客観的な証拠として後々さまざまな考察の資料にもなるわけで、きわめて有効なことだと思われた。
 
 それから3週間ほど間を置いて、調整したピアノがその後どのようになったかのチェックに来られることになる。来宅早々、ただちに3度目のキーの重さ測定になったが、さらに平均して1~2グラム軽くなっていることが判明して、これならほぼ標準の数値内にまずまず収まったことになり、結果は上々でひと安堵というわけである。
 
 キーを軽くすることは、論理的にはハンマーの重さに対する手前側の鉛の重さなどで調整するのがこの分野の定石になっているが、実際にはその前になすべき事があるわけで、それはアクションが問題なく設計通りの滑らかな働きをしているかという、至極当たり前の部分を丁寧に点検することである。
 ピアノの鍵盤やアクションには摩擦部分とか多くの関節類が存在し、それらの複雑な動きが幾重にも積み重なることで、ひとつのタッチが成り立っているというわけだから、それらひとつひとつの正常な動きを確認しながら良好なタッチを作り出すことが必要というわけである。
 
 重軽の問題はもちろん、しっとりしたタッチやスコンと抜けたようなタッチ、コントロール性に優れたタッチ、あるいはその逆の状態は、すべてこれらの小さな摩擦や抵抗など各所の働きの集合によって決定するものだから、やはり普段はどうしても見過ごされがちではあるけれども、こういう部分の丁寧な点検・調整というのは大事だということを痛感させられた。そもそもピアノのアクションを中心とする可動部分は木と皮とフェルトの集合体なので、放っておいてもコンディションは常に変動する。弾いてももちろん変わるし、逆に弾かない状態が続くことも好ましくなく、それはそれで健康な動態とは言い難い状況に陥るだろう。白状すれば、マロニエ君はこのピアノは普段ほとんど弾かないという状態が続いており、結果として楽器が運動不足になっていたことは大いに反省させられた。
 いうなればピアノのコンディションというのは我々の体の健康管理のようなもので、これで絶対ということはないし、やはり適度な運動や好ましい環境を整えることは重要であるようだ。
 
 そういう意味ではピアノの保守点検というものは、本来的にはべつにホールのピアノだけの専売特許ではないのであって、理想的にはすべてのピアノに与えられる仕事であったならこれほど望ましいことはないだろう。しかし、実際にはそういうことには一切注意を払わない人が大半で、ピアノは音さえ出ていればそれでいいというのは、このような分野への認識がなく、周知がまったく不徹底だからであろう。
 少なくとも好ましい弾き心地や、敏感な表現力を持ったピアノを弾くことに喜びや価値を見出す人ならば、調律以外に保守点検、もしくはそれに類することは極力おこなったほうが自分のピアノの魅力が何倍にも増すことは間違いないと思われる。
 家庭用のピアノでも技術者の手が入れば入るだけピアノのコンディションはよくなるのは当然なのだから、ホールのように毎年というのは無理だとしても、例えば車にだって2年に1度の車検というものがあるように、隔年でもいいし、それが無理なら3年に1度でもいいから軽い保守点検を実施すると、ピアノ本来がもつ能力が格段に高く発揮されて、コンディションは見違えるほど素晴らしいものになることは間違いない。
 現に我が家のピアノは以前に比べると、弾くのが倍も楽しくなったのは、ひとえにこの点検と調整のお陰である。
 
 マロニエ君の想像だが、家庭用ピアノの大半は本来の性能をじゅうぶん発揮できないでいる、なんらかの慢性病みたいな状態だと思われるが、持ち主はほとんどそれには気付かず、当然ながら点検など考えてみたこともないだろう。多くの調律師も内心ではわかっていても、そのための仕事や費用はとうてい評価されないものだから、はじめから諦めているというところだろう。
 
 多くの人は、年に一回調律することでちゃんとピアノの面倒を見ている気になっているかもしれないが、これは明らかに間違っている。調律は音程を合わせて発音の性格を作り出す仕事であって、1時間強からせいぜい2時間の仕事。その他の調整などはしてもついでというかオマケみたいなものに過ぎないし、今どきはメーカーからやってくる調律師さんでも調律以外の仕事は一切しない人が少なくないらしく、もはやメーカーもそのような微妙な(しかしこれこそ非常に重要な!)領域を敢えて切り捨てているということだろう。
 
 とにかく保守点検は調律どころではない、その遙か何倍もの時間と手間を要するのものだが、これは技術者側にしてもお客さん側の認識がないからお金にならず、したがって仕事にならないという深刻な背景があって、それは一向に改善の兆しさえないのは非常に不幸なことと言わざるを得ない。
 
 技術者が手を入れ、そこから出来上がるピアノのコンディションというのは、要はセッティングである。車の開発然りで、開発のかなりの部分を占めているのはこのセッティングであって、エンジンの出力やトルクカーブ、入力に対するサスペンションの反応やハンドリング、安全な挙動や快適な乗り味など、ありとあらゆることはセッティング次第であるし、それ如何によっては設計そのものに変更が生じることもある。セッティングという微妙な磨き込みの領域があってこそ、真に優れた一流のフィールが生まれる。
 
 本来の性能を活かすも殺すも、あるいは使用者が快感に浸ることができるか幻滅するかも、このセッティングの精妙さにかかっているといっても過言ではないだろう。ピアノもまったく同様と言いたいが、相手が木と皮とフェルトの集合体となると、それは金属とガラスとプラスティックで構成される車などより、よりいっそう不安定で、そのぶん技術者の感性と技術と手間を必要としているわけである。
 
 なにしろピアノは、調整が悪くても、明確な故障ではない限り、そのまま使われるし、そこに明確な損害とか生命の危険があるわけでもないから、厳しい結果責任をとわれることがない。だから、その領域の問題は常にあいまいで、いつまでたっても正しい認識が浸透しないのである。しかしながら優秀な(あるいは良心的なと言い換えても良いが)技術者が腰を据えて調整したピアノの弾き心地というのは、理屈抜きに格別なものがあって、同じピアノでもまったく別次元のものになっている。
 
 そしてピアノのユーザーの大半は、ピアノのコンディションに対してあまりにも不感症だといって間違いないだろう。無知というのは、この世にこれほど強いものはないのであって、問題があることさえ認識できないということは、自ずと不満もおこらないわけだから、家庭用のピアノで調律以外に保守点検など、おそらく発想にもないことである。
 
 蛇足ながら、タッチというのは、もちろんキーの軽重もあるし、滑らかさによっても、音色によってもその印象はさまざまに変化する。重すぎても軽すぎてもいけないし、強弱のコントロールが奏者の意のままであることが重要であるのはいうまでもない。
 またグランドの場合、サイズとタッチの重さが比例するように思われているふしもあるが、これはまったく誤りで、実際には小さなグランドにもかかわらずキーの重いピアノというのも意外に多いものだし、逆に最大のコンサートグランドが予想外に軽やかな弾き心地であることも珍しくない。
 
 このような現象が起こる理由は、コンサートグランドはホールなどの所有で上記のような保守点検を毎年受けているために、かなり好ましい状態が保持できているのに対して、家庭用の小さなグランドなどはコスト優先で、そもそも出荷調整も不充分な上に、技術者による入念な調整がほとんどされていないという現実があるように思われる。
 ごく小さなピアノなのに、実際はダウンウェイト(キーを下に押し下げる重さ)が平均60グラム前後というようなピアノも珍しくないようで、それだけ本来よりうんと弾き辛いピアノなのに、持ち主がまったくそれに気付かないで「こんなもの」と思って長期間使い続けられているピアノが現実にはごろごろしているようだ。調律の際に技術者にそのことを相談しても、事はついでやサービスで解決するような範囲ではないから、あれこれと言葉でお茶を濁されて終わってしまう場合がほとんどのようだ。
 こういうピアノも少しでも保守点検的な作業を受けることで、きっと別物のように生まれ変わるに違いないが、そのためにはピアノオーナーのほうも相応の認識が必要となってくるのは当然である。
 
 マロニエ君の知る範囲でいうと、一般的にピアノのオーナーは、ピアノの維持管理費は調律費用以外はないものと決め込んでいる。それがまずいけない。
 考えてみれば、所有するだけで毎年税金がかかるわけでもないし、ガソリンや電気を食うわけでもないのだから、それだけでも健気というものだろう。そこらも評価して、せめてもう少しピアノのために予算をとってあげたらどうだろうか。気持ちよく弾くためのピアノの健康維持費として、調律料金以外に一定額を投じるようになったら、ピアノはめざましく生まれ変わるはずだと思うのだが。
 技術者にしてみても、お客が一定の認識をもってそういう仕事を依頼してくることのほうが、仕事としてもどれだけやりがいがあるかわからないと思うのだが…。