#96.ディアパソン210E(7)

 先日、ディアパソンのオーバーホールをやっていただいた工房をお邪魔しました。
 
 かねてよりの懸案である、我が家のディアパソンの重いタッチの問題を解消するには、究極的に2つの道しかないだろうというところへ突き当たっており、それに関連する訪問でした。
 
 ひとつはウイペンをダブルスプリングに交換することでタッチの軽快感を得ること。もうひとつはハンマーを現在よりも軽量なものに交換することで解決を図るというものです。
 ウイペンをダブルスプリングのものにすればタッチがより現代的かつ俊敏なものになり、併せて調整もしやすくなるのは論を待たないようです。戻りも強まって連打性も上がり、交換作業もそれほど大変というわけでもないようで、技術者さんは機械的な優秀性をわかっておられるので以前から一貫してこれをお薦めです。
 しかし、ウイペンを交換するということは、タッチの特性が根本的に変わってしまうことを意味します。シュワンダー式と呼ばれるシングルスプリングがもつ、しっとり感のあるタッチを好むマロニエ君としては、このフィールを失いたくないという思いが根底にあるのです。
 
 この点に関するこだわりは再三にわたり技術者さんにはお伝えしているので、そうなると必然的にハンマーの交換と云うことになります。しかし、ハンマーというものはメーカーごとに品質や個性もさまざまで、一概に良し悪しを予測することはできません。
 ひとつのメーカーの中にもいろいろなサイズや種類があり、ピアノとの相性もあるので、あらかじめ確かな予測を立てることは難しく、技術者さんによれば「取りつけてみるまでわからない」のが本音なのだそうで、半分はギャンブル感覚でないとできないという印象です。
 
 ただしこれは音色に関する問題であって、物理的な結果はある程度は見えています。
 つまり現在より軽いハンマーに交換すれば、そのぶん軽くなることだけは確かで、この点だけはギャンブルではありません。シャンクから先が1g軽くなれば、鍵盤側ではその5倍相当の5g軽くなるという明瞭な法則があるからです。
 しかしそれに伴って音色も変化してしまうため話はややこしく、どうにも見通しの立てづらい領域に突入します。大雑把にわかっていることは、軽い、小さめの、あるいは薄いハンマーを取りつければ、それだけ弦に対する衝撃度が変わり、それが音色にストレートに反映されます。大きめの重さのあるハンマーは重厚で充実した音を生み出しますし、逆に軽いハンマーは音も軽量になることは基本的に避けられません。当然パンチや迫りといったものもスケールの小さなものにダウンしてしまいます。
 
 もちろん場合によっては小ぶりなハンマーでしか出せない、繊細な音色や表現性というのもあるかとは思いますが、全体としてはやはり大きめのハンマーのほうがパワーもあるし、表現力がより豊かなものであるのは否めません。いわゆる「ピアノらしい音」という点でも大きなハンマーのほうがそれらしく、小ぶりになるほど運動的に弾きやすいかもしれませんが、アコースティックピアノならではの魅力や弾いたときの喜び、おおげさにいうと陶酔感みたいなものは、どうしてもある程度のサイズのハンマーに分があるようです。
 
 ハンマーの大小軽重による違いは、例えて云うならスポーツの男子と女子ぐらいの差、あるいは体格でいうと成人と高校生ぐらいの差があるというのがマロニエ君の実感です。
 

 さて、今回の工房訪問は、やや小ぶりな日本製ハンマーと、新旧取り替えられたウイペンによる差を体験させていただくことが目的でした。この工房では、いつ行っても折々のピアノが整備されていますが、目指すピアノは約50年前のヤマハのグランドNo.G3で、このピア
ノが現在オーバーホールされており、新しいハンマーとダブルスプリングのウイペンへの取り付けが終わったという段階でした。
 今回使われたハンマーは日本のピアノハンマーの名門メーカーの製品で、このメーカーを使う海外の一流メーカーもあると聞きますが、今回のハンマーはここのレギュラー品であるようでした。
 
 おそらく、いろいろな種類のハンマーが製造されている筈ですが、実は今回このヤマハに使われたハンマーはマロニエ君の予想とはまったく違ったものでした。それは新品にもかかわらずカチカチに硬いハンマーで、取りつけただけの状態ではキンキンした、まるで弾き潰されて賞味期限が過ぎたピアノのような音が出ています。それをひたすら針刺しをおこなうことでフェルトに弾力を持たせ、ピアノらしい音を作っていく というタイプのようでした。
 
 目の前で針刺しをして、その変化を見せていただきましたが、硬い音はなかなか普通の状態になるのも大変なようで、かなり針刺しをした後でも、根底にある硬さはなかなか取れない気配を感じます。もちろん何度か繰り返していくことで本来の音色に到達するものとは思いますが、このべらぼうな硬さはちょっとした驚きでした。
 よほどフェルトを硬く巻いているのかと思いましたが、どうやらそんな立派な事情ではないようでした。技術者さんによれば、巻きが硬いのではなく、はじめから硬化剤等によって固められているのだろうということです。このようなハンマーへの対処として、軟化剤の使用も考えているとのことでした。
 
 軟化剤とは字のごとく、硬くなったハンマーフェルトを柔らかくするケミカルで、弾力を失ったフェルトに必要な柔軟性を復活させるものだというのは聞いたことがありますが、硬化剤の使い過ぎにも効果があるのでしょうか…。ただしこうなるとフェルトは薬品で硬くされたり柔らかくされたり、もはや薬漬けというべきでしょうか。本来望ましいことではないでしょうけれども、このようなハンマーには必要な手立てというのも頷けますし、もともとそれをとやかく云うに値するようなフェルトではないのかもしれません。
 
 ハンマーフェルトは高級なものほど毛足が長く、柔軟性や好ましい弾力を有していて、音質にも決定的な効果をあらわします。しかし、年々天然素材の確保が難しいのがご時世です。廉価品になるほど毛足の短いそれなりの羊毛を使うことになり、そこで活用されるのが硬化剤などのケミカル品で「くっつける」という目的もあるのかもしれません。木材も集成材などが活用されるのは当たり前、食肉でも加工肉なるものが市場に出回る時代です。フェルトの羊毛も、品質に応じていろいろな工夫が施され、レギュラー品としてのニーズに対処しているのでしょう。
 
 いずれにしろ、マロニエ君の常識では、新品のハンマーはなかなか音が出ないものと頭から思い込んでいましたし、現に昔の新しいピアノなどは大抵そうでした。昨年ディアパソンにつけたレンナーハンマーも、はじめのうちはなかなか音が出ず、しばらくは輪郭のないぼやけた感じの状態でかなり我慢を強いられたものです。
 こういう状態を脱するために、新しいハンマーには最小限の硬化剤を使ったり、打弦位置に電熱コテをあてて音にエッジを出したりするのでしょうが、今回のハンマーはそういう定説をまったくひっくり返すようなものでした。
 
 おそらく知らないのはマロニエ君のみで、一部ではこういうハンマーも充分に浸透しているものかもしれません。考えてみれば、レギュラー品の場合、針刺しだけで音造りができれば作業も単純でしょうし、はじめからメタリックな派手な音が出るのは、その点でも時代のニーズに適っているのかもと思いました。
 ピアノビジネスの現場では、よい材質のフェルトを時間をかけて弾き込み、整音を繰り返すといった悠長なことをしている暇もないでしょうし、今どきはすぐにパッと結果が出ないとやっていけない競争の時代なのかもしれません。当然コストの問題もあるでしょう。
 さらにはピアノも時代と共にボディが鳴らなくなり、そのぶん硬いハンマーで華やかな音を出すことで、楽器のポテンシャルが低下しているぶんの辻褄合わせをしているような気もします。つまり何もかもが昔とは逆の事情ばかりが重なっているということかもしれません。
 

 ダブルスプリングのヘルツ式ウイペンですが、たしかにタッチの機敏性に秀でて、調整もしやすくなり、タッチの後半(下半分)が軽くなっているぶん、俄然軽く、スポーティにさえ感じます。同じダウンウェイト、すわなちキーに錘を乗せて沈み込みの重さを計測すると、約50gとしても、シュワンダーはそれなりの重さをたえず引きずっているのに対して、ヘルツでは遥かに軽くてサッパリしたタッチを実現できるようです。
 
 体感的にはそれが同じ重さだなんて、とても信じられないぐらいの違いがあって有無を言わさぬものがあるのは確かです。
 これはシングルスプリングが下に行くほど重くなるのに対して、ダブルではそれがないために圧倒的に軽やかなタッチになり、シングルに慣れた指には、まるでタッチの後半にパワーアシストがついているようです。理屈ではわかっていたものの、同じピアノのオリジナル(シングル)と交換後(ダブル)を弾き比べてみると、嫌というほどその違いを痛感させられます。こまかな欠点はあるとしても、これほどの差が出るのでは、世の流れがこちらに変わってしまうというのも無理からぬことだと納得させられます。
 
 多くの技術者がヘルツを信奉するのも道理ですが、シュワンダー式の持つ、ピアノを弾くなんとも言えない喜びというか、味わいのようなものも薄くなり、優秀な機械の気持ち良さとドライさがセットになっている点がやはり気にはかかります。
 同じ表現をすれば、シュワンダーは前時代的な機械の未完成さの中に、歌うようなタッチ感による音楽との一体感がセットになっているともいえるでしょう。
 
 両方とも、優れたものとその裏で犠牲にされているものが、まさに逆のかたちで内包されていると思われ、そういう意味では「完成の域に達して、もはや改良の余地がない」とされるピアノアクションには、いまひとつこの部分が克服されていないようにも感じます。この両者の美点を結びつけたアクションこそマロニエ君は最終完成形なのではないかと思いました。
 
 もしシュワンダーに超えがたい欠陥があり、それはヘルツでしか克服できないというのであれば、ヘルツに交換して、それを極力シュワンダー風味の調整ができればとも思いますが、そういう余地や可能性があるものなのか、機構的なことはわからないのでなんとも言えません。技術者さんにその点はを聞いてみると「基本的にはできない」けれども、試行錯誤でやってみなくてはわからないというものでした。
 
 今回の日本製のハンマーは、いずれにしてもマロニエ君の好みとは大きくかけ離れたもので、この手のハンマーに取り替えるという選択肢は完全に消えました。
 さらにいうと、工房にあったピアノのうち何台かを弾かせていただくと、小さめのハンマーをもつピアノはたしかに軽快で、安楽なタッチを有しているのは間違いありません。しかし、マロニエ君の指がこのところ重いタッチに慣れているということもあるでしょうが、あまりに軽く抵抗が無さ過ぎると、これが本当に弾きやすいということなのか…という戸惑いと疑問があったことも事実です。
 
 さらには小さめのハンマーは、サラリと弾けばきれいな音を出していると感じる反面、厚みがなく、音の密度感とかダイナミズム、表現力がおしなべて痩せてしまうことは否めません。打鍵のエネルギーが小さいぶん粗が目立たないということもありますが、全体としてはピアノのサイズに比べてどうしても声量が控え目の、草食系ピアノになってしまうといったら言い過ぎかもしれませんが、方向としてはやはりそんな感じです。つまり、ボディ全体がわななくような朗々と鳴る楽器とは一線を画する、予めリミットを定めた上での美しさと弾きやすさを優先したピアノになってしまう気がしてしまいます。
 
 こうなるとピアノに何を求めるかという本質的な問題に行き当たります。
 要は音を含む、楽器としての総合的な能力や醍醐味みたいなものを取るか、それよりは弾きやすい軽く快適なタッチという機構上の利便性を取るかということになると思います。
 
 力の要らないイージーな弾きやすさを否定するものではありませんが、楽器というものは(いい意味での)ある程度の抵抗感や、いい音を出すための努力を必要とする余地が残されていなくてはなりません。ろくな腕もないクセして、おまえごときが何を云う!と思われるかもしれません。たしかにその通りです。でも、たとえ下手くそでも、いいピアノが与えてくれる絶妙の感触と、そこから得られる喜びの幅や奥行きを探ろうとする過程は、ピアノに触れる以上は必要なものではないかと思うのです。
 
 さて、我がディアパソンはハンマーをやや軽量なものに交換するか、機構をダブルスプリングに変更するか、はたまたこのまま我慢して行くか、三者択一しかないようです。