#97.自然だった頃

 ネットでピアノに関するあれこれの記述を読んでいると、いろいろ面白いことを教えられます。そんな中にはピアノのオーバーホールに関するものをいくつか見かけますが、それらをあちらこちらと拾い読みしてきた感想など。
 
 概ね共通しているのは、(主に日本製ピアノに関することですが)きちんとしたオーバーホールを施して蘇った古いピアノは、現代の基準に照らしても、かなり好ましいピアノになる事例が多いことが、主に関わった技術者によって述べられていることです。
 また、すべてのピアノがそうだとはいえないものの、大まかな時代の傾向としては、むかしのピアノのほうがネットでピアノに関するあれこれの記述を読んでいると、いろいろ面白
いことを教えられ天然の木材の使用率が高く、さらにはフレームの製法等の問題もあってか、音がやわらかく響きも豊かで耳にも優しいという特徴が述べられています。
 
 とくに30年以上経過したピアノは、使われ方や設置環境によっても違うので一概には云えないものの、まあだいたいオーバーホールをしても不思議ではない状態にあるといえるでしょう。とはいえ、ピアノのオーバーホールはかなりの手間と費用を要することなので、簡単にできることではありません。
 
 日本製のグランドは近年海外へ転売されることが甚だしく、数が減り、国内の中古価格もかなり高騰していて、そのため比較的オーバーホールの対象にはなりやすくなっていると思われます。その点で云うと、アップライトの場合はまだいくらか玉数が多いことと、グランドより安い販売価格のバランスから、よほどの名器や愛着があるなどの理由がないと、なかなかオーバーホールまで漕ぎ着けるのは難しいかもしれません。
 
 ともかく、個人のピアノであれ、お店の商品であれ、ピアノの潜在価値や費用の面などの諸問題をかいくぐって、ようやくオーバーホールの判断が下され、作業着手の運びとなります。マロニエ君からみれば、オーバーホールを受けるピアノは製造されて数十年間弾かれ、尚これからも長く使われるということを意味するわけで、非常に幸福なピアノだと思います。
 
 いくつもの記述から認識させられる事は、やはり昔のピアノは今とは使われている材料が格段に異なるという点でしょう。もちろん古い日本製のピアノは大半が普及品ですから、特に厳選された高級木材というようなことはないと見るべきです。それでも使うべきところに使うべき木材が「普通に」使われているという、当時はまだ当たり前のことが実行さ
れており、人工素材あるいは粗悪な木材(およびMDFなどの木材モドキ)を多用するのが当たり前になってしまった現在から見れば、それだけで有り難いような気にさせられます。それほど「当たり前のことが、当たり前ではなくなった」というのが現代の常識ということでもあります。
 
 つまり古いピアノは素材面から見ても、楽器としての資質が今よりいいから、それが正しいオーバーホールを受けることで、予想以上の結果を生み出すということだろうと思います。
 
 あるメーカーの古いレギュラー品のグランドでいうと、同メーカーが後年発売したプレミアムシリーズよりもずっと良い音がする場合もあるのだそうで、こういうことひとつをみても、製造されるピアノの基底となる部分の質がしだいに低下しているのは、少なくとも専門家は皮膚感覚としてわかっておられるようです。こうなると、この数十年、メーカーがやっていたのはなんだったのかという疑念も頭をよぎります。
 
 もちろん楽器制作のスキルが大きく進歩した部分がなかったとは決して思いません。
 より無駄のない科学的で合理的な設計へと進化しているのかもしれないし、パーツの精度などは昔とは比較にならないほどアップしているのはわかります。部品点数が多く、しかもミクロの精度が求められるアクションなどの複雑な機構部分は、これら高精度のパーツが積み重なることでロスのない正確な動きを作り出すわけで、こういう一面は現在のほうがめざましい進歩と遂げている部分だろうと思います。
 
 でも、これらの精度面の進歩では追いつかないほど、もっとも大切な本質の要素が低下しています。ピアノの細胞とも云える天然資源は入手困難となり、人件費は高騰、さらに追い打ちをかけるように購買需要は衰退の一途を辿り、いいピアノを作るための環境は二重三重に悪化していったという現実も見過ごすことのできない事実です。
 
 さらにメーカーは慈善事業ではありませんから、新品が売れて利益が上がらなくては経営も立ち行きません。どうしても新品・新製品が好ましいという価値観を形成・浸透させていくのも、営業サイドの戦略としては当然でしょう。でも、現実問題としてピアノの本源的な能力がどんどん落ちていくことは、現実として避けられない。これをなんとかして挽回すべく、輝くばかりの塗装、傷ひとつない目も醒めるような美しい仕上がり、表面的には非常に整った甘く華やかな音色などを出してみせることで、なんとか新品の魅力を維持しているというところでしょうか。
 
 その結果なのかどうかはわかりませんが、ピアノに対する考え方はいつのまにか一般の消費財と同様の捉え方をされていて、新しいものがよいという価値観が優勢となり、これを覆すことはなかなか容易ではありません。もしかしたら、現代のピアノは一定の時期に買い換えていくことを前提とした安い組み立て家具のような造りで、オーバーホールするよ
うな値打ちはないのかもしれません。
 しかし、パソコンや家電が新しいほうが良いというのはわかりますが、ピアノにその価値観を安易に持ち込むのはいかがなものかと思います。
 
 ネット上の質問コーナーなどでも、音が気に入ったというそれなりの中古と、より新しめで値段も高い中古があって、どちらを選んだらいいでしょう?という類の相談がよくありますが、「弾くのはアナタなのだから気に入ったものを買うべき」という意見があるいっぽうで、「古いピアノは先のことを考えると不安」「予算さえ許すなら新しいものの方が安心だ」「自分なら多少の無理をしてでも新しめのピアノを買う」という意見が必ず登場します。そして新しいピアノのほうがモノとして確かで、安心で、間違いのない買い物であるような方向に話が収束していくのがいつものパターンです。
 
 仮に相談者が自分の感性や好みを優先して古いほうに傾きかけても、「やめたほうがいいです」「オススメしません」「私なら多少の予算オーバーでも、絶対に新しいピアノにします」といった横やりが入り、相談者も、そういわれるとまた不安になってオロオロしはじめます。
 
 こういうやりとりを見るたびに、回答者は何を根拠にそんな知った風なことをいうのかと思います。
 だいたい中古ピアノにおける不安というのは何を言いたいのか、マロニエ君にはまるでわかりません。平均的にいっても、ピアノは耐久性という面ではどうかすると戸建て住宅より上を行く場合もあると思います。もちろんピアノも傷みもしますしパーツは消耗していきますが、他の製品にくらべたら圧倒的に長持ちするものだと思います。本体の寿命ともなると亀のように長寿です。
 
 中古といってもボロボロであるとか、現物確認もしないで買うというようなケースならいざ知らず、自分の目で見て、弾いて、触って、それで納得して気に入ったのなら、それ以上なにを不安だといういうのでしょう。逆に言えば、どれほどピカピカできれいでも、その塗膜の下は人工素材とコストダウンのためのハイテク技術の集合体アンドロイドともいえる新しいピアノの、一体どこが安心なのかと思います。
 
 そもそも、ピアノなんてよほど酷い使われ方でもしない限り、そうそう故障するものでもないし、買うときにきちんと整備されていれば、それが数年で役に立たないほど傷むなんてことは聞いたことがありません。
 もちろん中には何度販売店に相談しても望む音が得られないなどの事例はあるでしょうが、多くはピアノが悪いというより、販売店の商売に対するスタンスとか技術者の誠実さの問題が大半だと思われます。
 
 むしろある程度の中古のほうがそれだけの年月にも耐えてこられた証でもあるし、この先の健全な見通しもできるように思います。
 逆に、マークだけは安心のブランドでも、実際どこの国の工場で作られたかも疑わしいようなピアノであったり、最新の自動ライン&人工素材でロボットによってばんばん作られる新しいピアノ、あるいは近隣諸国の工場から半完成のパーツを掻き集めて組み上げたようなピアノのほうが、床を玉がころがっていく欠陥住宅ではありませんが、将来どんな状
態になるのか、マロニエ君はよほど不安を覚えます。
 
 新しいピアノは見た目はきれいですし、ピアノに限らず新品というものは理屈抜きに気持ちがいいのはわかります。でも、一皮剥けば人工素材満載で、天然木を響かせるはずの楽器としては、その実態はかなりユーザーを裏切ることになっているかもしれず、それは外部から見えないぶんよくよく心しておくべきだと思います。
 もちろん古いピアノの中にもいろいろあって、名も無き外国製品の中にはあっと驚くような酷い造りのピアノもたくさんあるようですし、日本製でも3流品もあれば、管理がずさんであったり、消耗が激しくて賞味期限がとっくに過ぎてしまったものもあるということは頭に置いておくべきです。
 要は、あくまでも信頼できるメーカーの作ったちゃんとしたピアノで、根底がしっかりしたものであることが前提です。
 
 そういう認識の上に立っていれば、古くても質のいいピアノを必要なだけ修理して使ったほうがどれだけ豊かな音楽生活を送ることができるかと思います。
 
 ピアノが他の楽器と違うところは、素人が手に負えない複雑な機械としての側面があり、そのサイズや重量からインテリアとしての佇まいもあるわけで、複合的な要因をもった特殊な楽器であるというところではないかと思います。
 他の多くの楽器は、練習や演奏するとき以外はケースにしまっておわりですが、ピアノはいつも「そこに存在」しているわけで、ある程度、人の目を楽しませ、持ち主の心を満足させるものであってほしいとマロニエ君は思います。
 
 そういう意味では少し古いピアノは、適度な情緒があり、辿ってきた時間があり、自分と出会った運命までもストーリーとして背負います。まして現行品より好ましい素材で作られているとなれば、そういう部分にも人の心は説明のつかない満足と喜びを感じられると思います。
 こういう部分に反応する感性は、そもそも音楽を愛する感性とも通じているものではないしょうか。音楽それ自体がきわめてエモーショナルなものですが、しかるにそのための楽器がただ工業的に立派な物体というのではなにかが欠落していると思います。
 
 もちろん、これは各人の価値観に依存されることなので、どっちが正しいということでもないでしょうが、よく相談の回答で目にするのが「あなたが趣味で楽しむぶんにはいいと思いますが、音大を目指すとか、コンクールに出るとか、そのための練習用としては…云々」という、さも尤もらしいくだりを目にすることがしばし目に止まります。でも、これはまるで音大が指のスポーツ学校であるかのような響きで、その練習にはその酷使に耐えるだけの新しくて丈夫な器具が必要であると言われているみたいです。
 つまり音大やコンクールで加点を得るためには、同系統の新しいピアノを買い揃えておくことが有利だという考え方です。自分のピアノのそのあたりと食い違いの少ないものを選ぶのが賢明であると云うことだと解釈できますが、これってあまりに貧しい感性ではないかと思います。じゃあフルコンでも買うのかと思いきや、そうではなく結局お定まりの最も売れ筋のレギュラーモデルに落ち着くわけです。
 
 こういう感覚だけでピアノを選び、音大に行ったりコンクールに出たりして、その結果自分はどうありたいのか、何のためにピアノをやりたいのかとふと思います。
 
 子供のころから長いことキーシンが使ったピアノは恐ろしく年代物のオンボロで、その音は昔の西部劇にでてくる安酒場のピアノようでしたし、ショパンコンクール優勝のラファウ・ブレハッチは、古いアップライトで練習を続けた結果優勝したなど、必ずしもピアノの機械的頑丈さだけが最優先の要素ではないことは証明されています。
 
 仮に古くてオンボロでも、どこかに音楽的な要素をもったピアノで練習を積んできた人のほうが、いろんなピアノへの対応力も養われるし、無意識のうちに音色を作る、表現の工夫をするなどの習慣が身についているものです。こうしたことが、いざ出るところへ出たときに、結局は良い演奏をすることにもなり、楽器に対してのスタンスも違ってくるとマ
ロニエ君は信じています。
 逆を云えば、スポーツ鍛錬器具のような感覚で新品ピアノを使って育ってきた人は、タッチとスイッチは同義語で無神経、表現にも幅も工夫もなく、ただ難易度の高い曲を、作品の意味もわからぬまま義務的にバリバリ弾けることだけに目的をもっているようです。
 これで聴く人に音楽の喜びや深い感銘を与えるような演奏ができるようになりたいなどとは、勘違いや思い上がりもいいかげんにしてほしいものです。
 
 もちろん現在の新しいピアノを否定しようというような意図はさらさらありませんし、新しいなりの良さもたくさんあることでしょう。繰り返しますが、それは個人の価値観に大きく左右されることで、それぞれが新しいピアノの(あるいは古いピアノの)どこに満足し、どこに不満を抱くかは、各人で違うと思います。
 でも、例えばの話ですが、もしマロニエ君が自分の子どものためにピアノを買うというような状況になったとしたら、予算的に国産の新品グランドを買うことが可能であっても、己の信念において絶対にそれだけはしないと思います。
 
 古いピアノと(今どきの)新しいピアノの決定的な違いは、古いピアノには語りがあることです。自分の出した音が自分のタッチの結果の音として返ってきて、美しい音/汚い音を選びながら音楽を作っていくダイレクトさがあり、ピアノの音や反応には生々しい情感があって、そういうものの総和が演奏の喜びとなり、ピアノを弾く楽しさにつながります。
 
 新しいピアノは、弾きやすく、音ムラがなく、新築のマンションのような美しさと爽快感がありますが、すぐに飽きてしまいます。ピアノは機械として存在し、耳ざわりのいい音をだすも無表情で喜怒哀楽がありません。
 
 楽器の練習をするのに必ずしも高級器を買い揃える必要はないと思いますが、弾く人の感情の変化に反応する楽器であることは必要だと思います。それがあれば古くてもボロでも音が不揃いでも構いません。
 マロニエ君はこの点が最もピアノ選びの大切なところだと信じています。